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◇◇◇
「ただいま」
パンプスを脱いでいると部屋の奥から慌てたように足音がやってきた。
「千颯さん!どこ行ってたんですか!僕、迎えに行くってメールしたのに……ところで、体調は大丈夫なんですか!?」
おかえりのおの字も言わず、博人君は私の肩を掴んで揺さぶった。今日は若い人に問い詰められる日のようだ。
「大丈夫、大丈夫。病院に行ったらただの貧血だって。それとごめん、メールは見てたけど、もうすぐそこまで帰ってきてたからいいかなって」
嘘その1・2・3
・倦怠感が酷い。身体を揺さぶられたからか、吐き気もしている。
・ただの貧血じゃない。
・メールは見てない。通知を切っていたのだから気付きようがない。
しかし、博人君は「ただの貧血」という言葉で何か別方向のものを察したらしい。気まずそうに、それでもホッと胸を撫で下ろしていた。
「不安にさせちゃった代わりに、はい、これ」
左手に持っていた紙袋を渡すと、博人君は中身を覗いて怪訝な顔をした。
「チョコ……?千颯さん、甘いもの苦手じゃ……」
「ちょっと興味が出て買ってみただけ。私からの謝罪の品だと思って受け取って」
嘘その4と本当その1と嘘その5
・興味なんてない。
・謝罪の気持ちは本当。
・ただし、それは今日のことではない。
私の我儘でこれからかける迷惑に先回りしての謝罪の気持ちだ。
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