ビターとブラッドチョコレート

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 甘いものが苦手な私が、それでもチョコレートを買ってきたのにはもちろん理由がある。  一つはチョコレートは必ずしも甘くはないこと。  もう一つは病気の症状を偽装するのに合致していることだった。  一つ目の理由は説明するまでもなく。実際、博人君に渡したあの紙袋の中は半分がミルクチョコレートで半分はダークチョコレートだ。一応、カカオポリフェノールは健康にいい、ということで適量であれば健康上に害はないらしい。  二つ目の方がウェイトが大きい。  「夫にはまだ隠していたいのだが、外見上の急激な変化はあるか」と聞いたところ、若い医師は渋い顔をしてこう答えた。  「急に見た目が変わる、ということはないと思われます。強いて言えばリンパ節や身体の一部が腫れたりする可能性はあります。外見上の変化と言われると微妙ですが、鼻血が出たり、歯茎から血が出ることもあるので、旦那さんの前ですと出血は避けた方がいいのかもしれませんね」  ただ、不可抗力なので隠すよりも打ち明けてしまって協力を仰いだ方が賢明ですよ、と医師は言葉を締めた。  腫れは服で隠せる位置であればなんとかなる。幸い、季節は秋。一足先にマフラーやスカーフをしても変に見えることはない。  歯茎からの出血も自分が吐き出さずに飲み込めばいいだけの話だ。これも対処できる。  問題は急に出てくるであろう鼻血だった。小学生の頃、逆上がりに失敗して鉄棒に鼻を強打して以来のワードだ。こればかりは本当に不可抗力だろう。  どうしようか、と考えあぐねていたところ、甘いものを好まない私でも知っている高級ブランドのチョコレート店の前を通った。  「チョコレートを食べすぎると鼻血が出ちゃうんだって」  鼻血という懐かしいワードを聞いたからなのか、小さい頃にクラス中が信じていた俗説が思い出された。大人になった今では知っている。医学的にはチョコと鼻血の関係性は証明されていないらしい、と。  結局、店の前で立ち尽くすこと数分。販売スタッフにかけられた「見るだけでも大丈夫ですよ」という台詞に誘われて店内に入った。  しかし、入って何も買わないというのは大の大人としてはいささかばつが悪く、また苦いチョコレートもセレクトできるとのことで、それに白羽の矢を立てることになった。
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