ビターとブラッドチョコレート

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 ◇◇◇  鼻血の偽装のためにチョコレートを買う生活をし始めて少し経った。博人君は甘いものを共有できることが嬉しいのか、すこぶる機嫌がいい。印象としては特別甘党というわけでもなかったはずだが、私の手前では我慢していたのかもしれない。申し訳ないことをしていた。  そして、そんな彼の目を盗んで、何度か病院に通って検査を行い、私は病名を確定させていた。治療を受ける気がないことも一緒に伝えていた。  結論から言えば、やはり癌だった。癌の一種と言うべきか。  癌は家系に宿る。  今は二人に一人が癌になる時代、なんて言われているのにそんな俗説が頭を過ぎった。  「隠すのは難しいですよ」  四十代から五十代だろうか。落ち着いた雰囲気の医者が発する言葉は初診の若い医師なんかとは比べ物にならないほど重く、最後通牒なのだろう、と直感的に感じた。  「夫はいい人なので。隠し通せる自信ならありますよ」  こうして、嘘を吐くことが私の日常になっていった。  夫を騙しながら、自分の体調を騙しながら、周りの人を騙しながら、口の中を苦いチョコレート味で満たし続けていた。苦くてもチョコレートはチョコレートだから、あまり多く食べる気にはなれなかったのだが、歯茎から、鼻から、色んな場所から出てくる血の微妙な味よりはマシだった。
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