3.記憶の欠片

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「さとしさん。暖かい手をなさっているのね」 妻が久しぶりに僕の顔をみつめた。 ふいに涙が零れた。 その言葉は、まさしく僕らが初めて手を触れた時に、 妻が僕に言った言葉だった。 「君の手は、小さくてやわらかいね。」 僕もその時の言葉をそのまま返した。 妻もまたあの時と同じように頬を染めた。 そうか。 失ってゆく記憶なら、何度も何度も何度も、僕は同じことを繰り返そう。 僕はすべてしっかり覚えている。 だからその想い出も記憶も、僕がいる限り無くなったりしないんだ。 彼女が幸せな少女でいるなら、僕はその話も聞かせてほしい。 今まで当たり前のようにいた妻に、 僕はあまりにも無頓着でい過ぎたのかもしれない。 体は年と共に衰え、弱っていくのかもしれないけれど 最後まで笑って楽しく生きていこうよ。 君と一緒なら、 君と同じ時を重ねた僕らなら きっと大丈夫だ。 今度はちゃんとしっかり支えるよ。 「今日はどんなことしたの?」僕が聞くと、 「あのね、あのね。小夜ちゃんがね・・」 妻が屈託のない笑顔で話し始めた。 華がそっと後ろから出てきて、僕の背をとんと小突いた。 そしてくすくす笑いを殺して、そっと玄関のドアを閉めた。
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