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「さとしさん。暖かい手をなさっているのね」
妻が久しぶりに僕の顔をみつめた。
ふいに涙が零れた。
その言葉は、まさしく僕らが初めて手を触れた時に、
妻が僕に言った言葉だった。
「君の手は、小さくてやわらかいね。」
僕もその時の言葉をそのまま返した。
妻もまたあの時と同じように頬を染めた。
そうか。
失ってゆく記憶なら、何度も何度も何度も、僕は同じことを繰り返そう。
僕はすべてしっかり覚えている。
だからその想い出も記憶も、僕がいる限り無くなったりしないんだ。
彼女が幸せな少女でいるなら、僕はその話も聞かせてほしい。
今まで当たり前のようにいた妻に、
僕はあまりにも無頓着でい過ぎたのかもしれない。
体は年と共に衰え、弱っていくのかもしれないけれど
最後まで笑って楽しく生きていこうよ。
君と一緒なら、
君と同じ時を重ねた僕らなら
きっと大丈夫だ。
今度はちゃんとしっかり支えるよ。
「今日はどんなことしたの?」僕が聞くと、
「あのね、あのね。小夜ちゃんがね・・」
妻が屈託のない笑顔で話し始めた。
華がそっと後ろから出てきて、僕の背をとんと小突いた。
そしてくすくす笑いを殺して、そっと玄関のドアを閉めた。
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