狭間に引き落とされて

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 県境の川を越える橋を3人で歩く。  午後から雨が降るという天気予報に反して、空は鮮やかなオレンジ色に染まっている。そして、東の方から紫色が侵食を始めている。昼と夜の間。  雨の予報だったので、以前から予定していた川遊びを中止したことに、娘は不貞腐れていたが、今はすっかり機嫌を持ち直している。  「こんばんは。」  後ろからやってきた自転車が私たちを追い越しざまに挨拶をしてくれた。乗っていたのは近所に住んでいる方だ。  「こんにちは。」  娘が元気に挨拶を返すと、夫は苦笑いを浮かべた。  「こんばんはって挨拶されたら、こんばんはって返そうね。素直じゃない子は、狭間に引き落とされちゃうよ。」  優しく諭すように言う夫に、娘は不思議そうな表情を向けた。そんな娘に、私が答える。  「昼と夜の間、町と町の間、晴と雨の間、いろんなことには、狭間がある。大人の言うことをちゃんと聞かない子供は、この"狭間"から出てくる手に掴まれて、狭間の底に引き落とされる。だからちゃんと、素直に大人の言うこと聞こうね。」  あれから20年。世の中が大きく変わった。日本中のいたるところで自然が減り、都会化が進んでいる。昔のような自然の脅威にさらされる機会が減った今、この言い伝えを子供に教える親はほとんどいないだろう。  でも、私は娘に伝える。  小学校6年生の夏に経験した恐怖が今でも心の奥に残っているから。あの日の夜、おばあちゃんに聞いた、隙間に引き落とされる ということを。  「お母さん、今日のばんごはん何。」  「今日は、恵美(めぐみ)が大好きな、ハンバーグだよー。」  小躍りして喜ぶ娘の横で、夫も嬉しそうに二ヤリと笑った。        
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