狭間に引き落とされて

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 1週間後には、小学校の最上学年になるという春。小学校に入学した頃の私は幼すぎて、春の暖かい緑と門出というものを結び付ける感覚を持っていなかった。しかし、入学から5年間の間にそういった感傷を持てるくらいには成長していた。  そんな、少し浮かれた気持ちと緊張感を併せ持つ春休みのある日、私の家の隣、長らく空いていた家にに引っ越してきたのが恵太君だ。   恵太君は私の2歳年下で9歳。学校が始まると、毎朝、恵太君を迎えに行き、一緒に登校した。末っ子だった私は、弟が出来たみたいで嬉しかった。  東京から引っ越してきた恵太君は、電車に乗ったことがあって、ハンバーグを食べたことがあって、後楽園球場で長嶋さんのホームランを見たことがある。そんな恵太君の話す『大都会東京』が興味深くて、恵太君は学校ですぐに人気者になった。  でも、その人気は長続きしなかった…。  "東京では…だった"  この言葉に、みんなうんざりしていた。それでもこの言葉を反射的に言うもんだから、恵太君みんなと仲良くすることが出来ず、夏休みの前には学校では孤立するようになっていた。  私は、毎朝一緒に登校していたが、下校は別々。「恵太君と一緒に登校してあげなさい」とお母さんが言わなければ、私だって本当は一緒に登校するのも嫌になっていた。  夕方、お母さんに言われて、作りすぎた煮物を恵太君の家に届けたことがある。恵太君の家のドアを開けて「ごめんくださーい」と叫ぶ。  「恵太、出て。」おばさんの声に続いて、奥から恵太君が出てきた。  「こんばんは、恵太君。これ、お裾分けってお母さんが…」  「こんば…、こんにちは。お母さんに渡せばいいのね。」  私は、この時の恵太君の言葉がずっと頭に残った。  確かに、昼とも夜とも言えない、昼と夜の間の時間。「こんにちは」なのか「こんばんは」なのか、どちらが正しいとも言えない時間。だが、わざわざ、言いなおしてまで私と違う方を言う意味があったのだろうかと違和感を覚えた。    
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