月夜の便り

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月夜の便り

「親父もお袋も元気そうで良かった」 電話で父に言うと「あぁ」とぶっきら棒に返事が来る。 「じゃぁ、またタイミング有ったら電話するわ」 そう伝えて俺は電話を切り窓の外を見た。すっかり寒くなり、澄んだ夜空に月が綺麗に光っていた。   寒くなると母が鍋の具材を送ってきてくれたなと、思い出す。それがここ数年送られてこないのだ。電話をしても出るのはいつも父であって、「母は元気か」と尋ねても「あぁ」と歯切れの悪い答えが返ってくるだけだった。いよいよ母に何かあったのではないかと思い始めたここ数ヶ月であった。   「お袋今何してる」 忙しくてあれから暫く経ってからまた電話をした。 「あぁ、風呂だよ」 しばらく間があってから父が返した。あやしい。 「風呂から出たら折り返させてよ」 「いや…」 「なんだよ、お袋元気なんだろ?」 「おぉ」 「じゃぁ、30分もすれば出てくるだろ、待ってるから」 そう言い切り電話を無理やり切った。   電話が鳴る。一息つき電話に出る。 「どうして折り返ししてくれないんだよ」息子の声が受話器越しに聞こえる。 「お袋は?」 「いや、まぁ」  答えにならない音を発しながら妻に目をやる。目に涙を溜めて必死で声を我慢している。 「なんだよ、変われよ」と受話器から聞こえてくる。どう答えるべきかと目線を泳がせ、妻の後方に目が行く。そこには笑っている息子の写真がある。伝えるべき時が来たのかと心が騒めく。 「あのな」 「なんだよ」 「お前は…」 ゆっくりと受話器を置き、妻の後方にある写真―――仏壇に目をやる。数年前の秋に息子はバイクの事故で亡くなったのだった。丁度今日のように綺麗な月の夜だった。息子が亡くなった翌年から毎年その時期になると、壊れて使えなくなったはずの電話が鳴るのだった。その度に妻は涙ぐみ、声を押し殺して泣いていた。 「これが最後じゃないかな」 妻の肩に手を置き擦る。 遠くのほうで遠ざかっていくバイクの音が聞こえていた。
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