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今夜は吉永がインチャージ業務をやってくれるから、私は久しぶりにスタッフとして一人一人をチェックして回る。
モニターがついている子どもがいない、本当に珍しいほどに落ち着いている深夜帯だ。私のサイドのラウンドを一通り終えて記録していると、照明を落としている廊下の先に、シルエットが浮かんだ。一目でわかってしまうシルエットが。やっぱりそうだよね。咲夜は必ず来る、会えなくなれば。私はそれに甘えているのかもしれない。嬉しいのに苦しい。そんなことを思いながら咲夜に向かって歩いて行った。
「オペ着着てる。緊急オペだったの?」
どうしても触れたくなってオペ着の胸元に手を当てる。たかが1日会えなかっただけで、もうこんなに恋しい。これが1年だなんて。
いつもの温かな手が私の手を包む。大きくて安心する手。
「電話に出て、気が狂いそうになるから。」
びっくりして顔を見上げる。薄闇の中に一段と暗く沈むそんな瞳を初めて見た。
「一人にならないで、高校の時みたいに。もう俺達はそれを乗り越えたはずだよ。」
いつだって聞きたいことの、もう一つ先を言ってくれる咲夜。私はこの人なしでどうやって生きて行けばいいんだろう?泣くな、麻。奥歯を噛みしめる。
「ごめんね、本当に。咲夜の決意を応援してる、心から。」
声が震えた。頑張れ、涙を見せるな。
「ただあなたの存在が大きすぎて、あなたがいなくなることが考えられなくて。ごめんね。」
いつものように抱きしめて欲しいけれど、ここは病棟だから。ただその手の温かさを心に深く感じる。
黙って聞いていた咲夜が静かに言った。
「昨日、本当に伝えたかったことが言えなかったんだ。だから今夜空けておいて。」
「うん。夜勤明けはオフだから大丈夫。」
「じゃあ、仕事の予定がわかったら連絡する。」
そう言って、ちょっと私の頬に触れてから咲夜は薄闇に消えて行った。緊急オペって言っても、当直じゃない彼がこんな遅くまで残っているはずがない。私に会う為だったんだ、きっと。私はやっぱり甘えている。咲夜が、横にいてくれることが、私なんかを選んでくれたことが、いまだに信じられないくせに。
ステーションに戻ると、吉永が
「水木先生にお会いになりました?」
と心配そうに聞き、2年目がうっとりしたような顔で立っていた。
「うん、会った。ありがとう。大丈夫。」
「水木先生、今夜当直ですか?」
「ううん、違うみたい。」
「そうなんですか。」
思慮深い吉永はそれ以上は追及してこない。まあ、私の腫れた顔を見れば察するか。2年目はまだ夢うつつのようだ。そうだね、咲夜は伝説だった。30歳に向かって気力がみなぎり、ますます魅力的になってきたと言われている。伝説って進化するんだっけ?頭が上手く働かない。
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