3.青山2

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青山一丁目には珍しく少し前に着いた。 良かった、ちょっと鏡をチェックする時間もある。いつもは無いのに。あ、咲夜がエスカレータで上がってきた。今でも姿を見ると心臓が騒がしくなる。強さと自信とが増して、みんなが言うようにどんどん素敵になっている。ちょっと手をあげて走ってくる咲夜に胸が苦しくなる。 「お待たせ。出際に引っかかっちゃって。」 私達は夏の夜の外苑並木に向かって歩き出す。 「患者さん?」 「ううん、チ―レジが質問。」 「へえ、咲夜がチ―レジから質問されるようになったんだ。」 咲夜は胸を張る。 「そりゃ、もうじき6年目になるし。」 そうだよね、色々越えてきたもの、悔しさも悲しさも。逆に心からの喜びだって。 「どうしたの?」 「ううん、色々あったなあと思って。ねえ知ってる、私達出会ってからもうじき15年になるんだよ。」 「そうか、そう言えばそうだね。15年か。ちょっとびっくりするくらい長いね。」 「うん、その間、咲夜には信じられないくらいの幸せをもらったよ。嬉しすぎて眠れないことがあるのだって、咲夜のお陰で知った。今までありがとう。」 「麻、」 咲夜が突然立ち止まった。真剣な声音に少し驚く。 「どうして過去形で話してるの?」 「あ、ああ、気づかなかったー」 急に抱きしめられる。あまりに強い力で息が出来ない。咲夜のカットソーのざらりとした感触がノースリーブのむき出しの肩に痛い。 「びっくりさせないで。」 「ごめん、ごめんね。」 背中に手を回す。大丈夫だよ、と気持ちを込めて。 「一昨日から、」 咲夜の黒い瞳がまっすぐこちらを見る。 「君が背中を見せて去って行きそうで。きっとそれは俺が乱暴に話を切り出したからなんだけど。何度電話してもつながらないし。でも、俺は医者だし、命にかかわる仕事だから、目の前の手術に集中しなくちゃならない。その仕事の合間に俺がどんな気持ちだったか、わかる?もう君に届かなかったらどうしようと本当に不安だった。あの薄暗い廊下で君が胸に手を当ててくれて、やっと身体に血液が戻ってきたような気がした。」 咲夜がこんなに切羽詰まっているのを見るのは初めてだった。 「麻、俺には君が必要なんだ。」 不安に翳る、その瞳に射すくめられる。黒曜石のような深い漆黒の瞳。必要だって、そんなことを言ったっていなくなっちゃうじゃないの。でも何とか言葉を紡いだ。 「私はあなたがいない生活が考えられなくて、怖くてたまらない。いつだって強くありたいのに。弱い自分は大嫌いだし、あなたに見せたくない。でもあなたの人生はいつだって応援している。」 夕焼けに誓ったのに、もう泣かないって。でももう自分の一部のように思える咲夜の身体が、手を伸ばせば届くところにあるだけで、涙が出てきそうになる。 「俺には全部見せて。俺は君に全て見せているよ。」 「見せられないよ、情けない自分はイヤだもの。」 「麻が情けないって、自分で思ってるだけかもしれない。俺には全然そうじゃないかもしれないよ。可愛かったらどうするの?これ以上は難しいかもしれないけど、もっと好きになっちゃうかも。」 いつもの咲夜が戻ってきた。いたずらっぽく言い放って、私の顔を覗き込む。涙をこらえていたのに、滲んで泣き笑いになる。 「これ以上は難しいの?」 「そこはちゃんと聞いてるんだね、さすが主任。」 おでこに唇が触れた。ああ、こんな風に過ごしていたら4年なんてあっという間だったよ。私は自分の全部をかけて咲夜が好きだったし、咲夜はいつだってその金色の光で包んでくれた。咲夜は私の人生の道しるべだった、15年前から。
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