51人が本棚に入れています
本棚に追加
私達は、四年前の夏と同じレストランのテラス席に着いた。席に案内してくれたウェイトレスさんに見覚えがあった。確か、私がトイレから出てきた時に喋っていた先輩の方じゃないかな。
「もしかして、以前もいらして下さったお客様じゃないですか?」
やっぱり。咲夜は少し驚いたように、でも微笑んで、
「そうです。よく覚えてましたね。」
と答えている。そりゃあ、伝説のあなたを見たら簡単には忘れられないわ。
「私も前にお顔を見たことあるなって、思ってたところです。」
「そうなの、麻?」
「うん。ですよね?」
彼女と私は共犯者のような笑みを交わす。その時店内から声がかかった。
「店長―。」
「あ、はい。ではごゆっくり。」
会釈をして彼女は店の方へと戻って行く。店長になったんだね。そうだよね、あれから4年分の時間が皆に流れてるんだ。私も主任になった。こうして四年前のことを覚えているくらいだから、一年なんてきっとすぐだ。頭が一生懸命嫌がる心に言い聞かせる。ワインをボトルで頼み、夏の夜風の中で、大好きな外苑の木々を眺めながら、美味しく食べる。お互いの病棟での出来事を話す。新人達の失敗談も微笑ましく。
「今年のうちの1年目に寺田ってやつがいるんだけど、ゴールドみたいなの。大学でもビー部だった変わり種。」
「まさかのゴールド?」
「そう、すっげえ声が大きくて、患者さんに『もう少し静かに話して』とか言われててさ。またその謝り声もでかいの。笑いをこらえるのに苦労する。」
「あはは、それはまさにゴールドだね。で、絶対悪びれないんだよね。」
「そう、患者さんに注意されちゃいましたー、とか大声でステーションで言って、ナース達に冷たく叱られてる。」
「いいなあ、そのキャラクター。ビシビシ小児でしごきたい。」
「ああ、それね。寺田、外科でまだ3日目くらいに俺のところに来て、『水木さん、すげー男前っすけど、小児の主任さんと長くお付き合いされてるって聞いて。今度、彼女さん見せてくれませんか。』って言い放ったよ。」
「なんと、いきなり5年目に?すごい度胸だよね。」
「だよなあ、まあ麻は自慢だから、『ああ。』って答えたけど。」
咲夜…絶対ナースたち、また惚れたに違いない。その簡潔でクールな返事に。あれ?今自慢って言った?
「うん、言ったよ。麻は俺の自慢だからね。」
さらっと、その美しい表情で言わないでほしい。まだ慣れない。赤くなったなあ、今。
「で、そうしたらー」
「まだ続きがあるのっ?」
「おう。寺田が『すげえ、カッコいいっす、水木さん。俺一生ついて行きます。』とか叫んで、とうとう主任の戸越さんに『うるさい、静かにしなさい。』とか怒鳴られてさ、シュンとしてんの。」
笑った。久しぶりにお腹を抱えて。
「寺田何て言うの、下の名前。」
「それが、駆って言うの。歩と対だよなあ。ゴールドに絶対紹介したい。」
「あはは。もう無理。おかしすぎてお腹が痛い。」
「そう、だから近日中に麻を見せなきゃ、寺田駆くんに。」
「そうか。うん、心して待つよ。伝説の咲夜の彼女として、何とか恥ずかしくないようにね。」
咲夜はため息をついた。
「麻、冗談でもそんなことを言わないで。君は俺の自慢だって言ったばっかりじゃないか。」
「あ、ごめんね。そうだったね、ダメだな、私咲夜に関しては、どうしても自信が無くて。」
伝説の咲夜に対して普通のことを言ってるはずなのに、この自己卑下した鬱陶しい感じときたらどうだろう。
「この間、ゴールドにも怒られたばかりなのに。」
「あいつと話したの?」
「うん、久しぶりに電話がきて、その時に怒られた。『ナイトを信じろ、自分に自信を持て』って。何だかビー部の神ちゃんみたいだった。」
「さすが、麻の守護神だなあ、相変わらず。」
「しゅ、守護神?」
「うん、高校の時から。多分君は知らずにあいつに守られてたこと、多かったと思うよ。」
「そうなの?そうかな?」
「俺は意気地がなかったからね。」
咲夜と意気地なしという言葉は相反する。それを伝えたくて、テーブルの上の手をとる。大きくて、指の長い、何件ものオペをこなし、何人もの患者さんを救ってきたその手を。
「でも、今は咲夜が守ってくれてるよ。ずっと。」
咲夜がニッコリと金色の光の中で笑った。
最初のコメントを投稿しよう!