3.青山2

6/7
前へ
/55ページ
次へ
私達は、四年前の夏と同じレストランのテラス席に着いた。席に案内してくれたウェイトレスさんに見覚えがあった。確か、私がトイレから出てきた時に喋っていた先輩の方じゃないかな。 「もしかして、以前もいらして下さったお客様じゃないですか?」 やっぱり。咲夜は少し驚いたように、でも微笑んで、 「そうです。よく覚えてましたね。」 と答えている。そりゃあ、伝説のあなたを見たら簡単には忘れられないわ。 「私も前にお顔を見たことあるなって、思ってたところです。」 「そうなの、麻?」 「うん。ですよね?」 彼女と私は共犯者のような笑みを交わす。その時店内から声がかかった。 「店長―。」 「あ、はい。ではごゆっくり。」 会釈をして彼女は店の方へと戻って行く。店長になったんだね。そうだよね、あれから4年分の時間が皆に流れてるんだ。私も主任になった。こうして四年前のことを覚えているくらいだから、一年なんてきっとすぐだ。頭が一生懸命嫌がる心に言い聞かせる。ワインをボトルで頼み、夏の夜風の中で、大好きな外苑の木々を眺めながら、美味しく食べる。お互いの病棟での出来事を話す。新人達の失敗談も微笑ましく。 「今年のうちの1年目に寺田ってやつがいるんだけど、ゴールドみたいなの。大学でもビー部だった変わり種。」 「まさかのゴールド?」 「そう、すっげえ声が大きくて、患者さんに『もう少し静かに話して』とか言われててさ。またその謝り声もでかいの。笑いをこらえるのに苦労する。」 「あはは、それはまさにゴールドだね。で、絶対悪びれないんだよね。」 「そう、患者さんに注意されちゃいましたー、とか大声でステーションで言って、ナース達に冷たく叱られてる。」 「いいなあ、そのキャラクター。ビシビシ小児でしごきたい。」 「ああ、それね。寺田、外科でまだ3日目くらいに俺のところに来て、『水木さん、すげー男前っすけど、小児の主任さんと長くお付き合いされてるって聞いて。今度、彼女さん見せてくれませんか。』って言い放ったよ。」 「なんと、いきなり5年目に?すごい度胸だよね。」 「だよなあ、まあ麻は自慢だから、『ああ。』って答えたけど。」 咲夜…絶対ナースたち、また惚れたに違いない。その簡潔でクールな返事に。あれ?今自慢って言った? 「うん、言ったよ。麻は俺の自慢だからね。」 さらっと、その美しい表情で言わないでほしい。まだ慣れない。赤くなったなあ、今。 「で、そうしたらー」 「まだ続きがあるのっ?」 「おう。寺田が『すげえ、カッコいいっす、水木さん。俺一生ついて行きます。』とか叫んで、とうとう主任の戸越さんに『うるさい、静かにしなさい。』とか怒鳴られてさ、シュンとしてんの。」 笑った。久しぶりにお腹を抱えて。 「寺田何て言うの、下の名前。」 「それが、(かける)って言うの。(あゆむ)と対だよなあ。ゴールドに絶対紹介したい。」 「あはは。もう無理。おかしすぎてお腹が痛い。」 「そう、だから近日中に麻を見せなきゃ、寺田駆くんに。」 「そうか。うん、心して待つよ。伝説の咲夜の彼女として、何とか恥ずかしくないようにね。」 咲夜はため息をついた。 「麻、冗談でもそんなことを言わないで。君は俺の自慢だって言ったばっかりじゃないか。」 「あ、ごめんね。そうだったね、ダメだな、私咲夜に関しては、どうしても自信が無くて。」 伝説の咲夜に対して普通のことを言ってるはずなのに、この自己卑下した鬱陶しい感じときたらどうだろう。 「この間、ゴールドにも怒られたばかりなのに。」 「あいつと話したの?」 「うん、久しぶりに電話がきて、その時に怒られた。『ナイトを信じろ、自分に自信を持て』って。何だかビー部の神ちゃんみたいだった。」 「さすが、麻の守護神だなあ、相変わらず。」 「しゅ、守護神?」 「うん、高校の時から。多分君は知らずにあいつに守られてたこと、多かったと思うよ。」 「そうなの?そうかな?」 「俺は意気地がなかったからね。」 咲夜と意気地なしという言葉は相反する。それを伝えたくて、テーブルの上の手をとる。大きくて、指の長い、何件ものオペをこなし、何人もの患者さんを救ってきたその手を。 「でも、今は咲夜が守ってくれてるよ。ずっと。」 咲夜がニッコリと金色の光の中で笑った。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加