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「さて、お腹も膨れたし、246歩く?」
「うん、勿論。」
「今日は見事な満月だな。」
「うん、私もうちを出る時に、今日のバターボールは特に堂々としてるなあ、って思った。」
「堂々って。いいな、その表現。」
こうやって大好きな人と大好きな246を歩き続けられているなんて、なんて幸せなんだろう。こんなに幸せでいて良いんだろうか。きっと大丈夫、大丈夫だよ、離れていても、私達にはこんなに幸せだった四年間があるもの。手をしっかりとつないで歩けること。見上げれば、大好きな漆黒の瞳があること。呼びかければ、温かな声が降ってくること。全てを包んでくれる私の金色の光。
「久しぶりに青南、どう?」
「うん、いいね。でも、今度はほんとに明るい時に行きたいな。」
「そうか、俺は練習見に行ったりしてたから、昼間の校舎も見てたけど。」
「そうだったね、最近も行ったの?」
「さすがに最近は、OB会くらいでかな。」
「そうなんだ。」
「柿本とか会うよ。」
「ああ、懐かしい、どう?」
「うん、あいつ全然変わんねえの。」
「あの、好青年のまま?」
「好青年?ああ、女子から見ればそうか。うん、そうだよ。」
「女子からって。今含みもたせたね?」
「おう。あいつ結構二股とかかけてたからね。」
「うっそー、あの柿本くんが?爽やかスマイルの?」
「そう、そのスマイルにだまされんだよなあ、女子達は。」
なんと驚いた。青南で、一緒に楽しく笑って喋っていた柿本くんを更新しとかなきゃ。
そんな話をしているうちに、青南に着いた。街灯が灯って、闇に浮かび上がる私達の母校。15年前にここで咲夜とゴールドに出会った大切な場所だ。
「麻、」
「うん、何?」
薄闇の中で振り向く。咲夜の漆黒の瞳がきらめいている。何か大切な、でも咲夜が言いたいことを言う時の輝きだ。
「一昨日、大事なことが言えなかったって言っただろ?」
「うん。そうだったね。」
どうしよう、別れようとかって言われるのかな、私。急に身体が冷えて手が冷たくなる。心臓の音が大きくなる。
「俺は君の、君だけのナイトになる。一生守る。」
「へっ。」
あ、へって言っちゃった、こんな夢のような場面で。
「へって。俺は今プロポーズしてるんだけど。」
そして咲夜は笑った。金色の光が弾けた。私はあまりの展開に固まったままだ。
「紺野麻さん、俺と結婚してください。」
「-はい。」
信じられなくて、返事が遅れちゃった。咲夜は大きなため息をついた。
「ああ、緊張した。本当はあの日君を送って行って、言おうと思っていたんだ。アメリカに一緒に行きたいとも伝えたかった。」
「アメリカに?」
「うん。もしかして、俺が君を置いて行くとでも思ったの?」
「それはそうだよ。咲夜はいつだって自分の目標がはっきり見えているもの。だから今度も、ああ、そうだな、アメリカで経験を積んでくるんだなって。その目標に向かって努力して達成するんだなってね。」
「俺が自分の目標が明確に見えてると思ったなら、その中に君がいないはずはないだろうに。」
この人の揺るがない言葉はいつも私を驚かせる。心の底からの幸せを感じる前に。
「咲夜、どうしてそんなに想ってくれるの?」
「君が君だからだよ。それ以外に何かある?」
「私が私だから?何だろう、わかるようなわからないような。」
「じゃあ、聞くよ。君はどうして俺を好きなの?」
「それは…咲夜だから。」
「だろ?同じだよ。」
「そうか、そうだね。ああ、でも私はてっきり別れようって言われるのかって思ってたから、へっ、なんて言っちゃって。あんな二度と来ない瞬間に。ああ、一生の不覚だわ。」
「紺野麻さんの優秀な頭脳はどこへ行っちゃったんでしょうね。何をどうしたら、俺が別れようって言うなんて話になるんだ?」
「…私、高校の時から、咲夜に関しては役に立たないの。何も変わってないな、15年経っても。」
「役に立たないの?」
「うん、あなたを失ったら多分私は生きていけない。だからいつも最悪のことを考えて準備しようとするんだと思う。」
「麻...」
髪を撫でられ、頬に咲夜の温かな手を感じる。
「俺を失うなんてことは起こらない。俺を信じて。」
優しく柔らかな唇が私の唇に触れる。ゆっくりと咲夜を感じる。不安が温かな吐息に溶けていく。そっと目を開けて咲夜の瞳を見る。微笑んでいた。この人の微笑みは花のようだ。
「どうした?」
咲夜が唇を離す。私は咲夜を引き寄せ、背伸びをしながら強くキスをする。咲夜、愛してる。それだけを繰り返し思った。
「麻、愛してる。」
抱き締められて、自分の身体の一部のようなくぐもった声で、この大切な一言を聞く。
「私も愛してる。」
15年前にウォークマンのイヤフォンが引っかかって、恋に落ちたこの青南で、やっと愛を告白出来た。夫になる人に、心から。
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