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とても大切な話があるの。
そう言って死期の近い病室の母は、私と兄を枕元に呼びました。
他には弁護士が一人。
早くに父を亡くし、女手一つで私達を成人するまで育ててくれた大切な母。
親孝行する前にこんな事になってしまい、私も兄も悲しみに憔悴し切っていました。
母がか細い声で途切れ途切れに話を始めます。
お母さんには妹がいた。知ってるわね? あなた達の叔母にあたる人よ。
その人のことは祖父の家の仏間に飾られていた写真でだけ見たことがあり知っています。
若くして亡くなった叔母。綺麗な人でした。
祖父の事業の失敗でその家も人手に渡ってしまいましたが、写真はまだうちのどこかにあるのかな、とぼんやり考えました。
他に兄弟もいない母、叔母さんが生きていれば苦労の最中でも色々と心強かったかもしれない。
母は続けました。
これから語ることはあなた達兄妹にとってとても衝撃的な内容の話になるでしょう。
でも、どうかしっかりと受け止めて、そして乗り越えて行って欲しいの。
そう前置きして母が長い時間をかけて物語った話は以下の通りでした。
☆ ☆
知っているでしょうけど、父さんと母さんは高校の先輩後輩でした。
在学中に付き合い始め、父さんは高校を卒業するとすぐに就職したのね。
そして、母さんが二十歳になると結婚してアパートを借りたわ。
翌年母さんは身篭り、出産の為に実家に戻ったのだけど・・・。
丁度同じ頃に5歳離れた妹の由香が父親の分からない子をお腹に宿していたの。高校生の妹が。
妹の件は世間体もあって家族内だけの秘密になっていました。
堕胎はもう無理な時期になってからの発覚だったから、両親は頭を悩ませていたわ。
でも結局産ませるしか選択肢はないのよ。そうして母さんと由香の出産の時期は近づいてきました。
その日、私が産気付くのとほぼ同時に妹も破水してね。
そして、私は難産の末お兄ちゃんを産み、由香は・・・死産したの。
それだけではなく妹は産後の肥立ちが悪く、衰弱していって遂にそのまま死んでしまった。
出産の喜びは全て吹き飛んだわ。
でも時は過ぎて行く。
やがて沙織、あなたが産まれ私達家族は4人になった。
ところがあの事故よ。
お父さんが家に訪ねてきたご両親を車で駅まで送る途中の事故。3人とも亡くなって・・・。
悪いことは続くわね。
私の父、あなた達のおじいちゃんも事業の失敗後、急速に弱って逝ってしまった。
後を追うように母も入院。
その私の母が今際の際に語ったことがあります。
こんな風に話してくれたわ。
★
美香、あなたにずっと隠していたことがある。
この事は墓の中まで持って行くべき秘密なのでしょうけど・・・。
でも、この最後の最後になって、どうしても言っておくべきことだと思えてならなくなったの。
いい、あなたの息子、浩樹はね、本当は由香の子供なのよ。
死産したのはあなた。
でも、お父さんが、由香が産んだ子を美香の子ということにすれば全て丸く治まるって言い出して。
あなたは無事に子を産んだ事になるし、由香は世間に出産を知られず名誉を守られる。
そう、血液型も問題なかったし、取り替えたのよ。
出産に立ち会ったお医者さんはお父さんの旧友。頼み込んで辻褄を合わせて貰うことが出来たの。
いきなりこんな話、ごめんね。
★
母は、あなた達のおばあちゃんは、そう言って後は泣き続けたわ。
あの時、私は母を少し恨んだ。知らない方が良かったと。
でもね、今は母の気持ちが分かるの。
医院も先生が亡くなって廃業している今、秘密を知るのはもう私一人。
私さえ黙って秘密を抱えて死んでいけば何も問題はない。
けれど・・・。嘘をこの世に残して逝くことが苦しかった、どうしても出来なかった。
ごめんなさい。
あなた達は実の兄妹じゃない。
浩樹は我が子に違いないとは思っているけど、同時に妹の忘れ形見でもある。
あなた達、本当は従兄妹同士なのよ。
☆ ☆
話を聞き終えた私は、現実感を失って妙にふわふわした心持ちでした。
ぼーっとしていたのでしょう、兄に肩を揺さ振られて我に返り、そして子供のようにわんわん泣き出しました。
思えば実の子ではないと言われた兄の方がショックは大きかったはずです。
その兄が泣き止まぬ母と私をずっと励まし続けてくれていました。
ようやく落ち着きを取り戻して病室を出た私と兄に、弁護士の先生が話し掛けてきました。
さぞや混乱されていることと、心中お察しします。
ただ、この事実は遺産相続など色々な面で影響が出て来ます。
お母様に委託されておりますので、戸籍の件など諸々の手続きはお任せ下さい。
遺産相続については何も問題はありませんでした。
母の死後、私と兄は結婚したからです。
今では子も授かり、兄・・・夫と幸せな家庭を築いています。
ただ、時々思うのです。
あの時母は、本当に嘘を残して逝くことを厭ったのだろうか、と。
逆にあえて嘘を残して逝く選択をしたのではないか。
私と兄の幸せを願って。
仕事で遅くまで母が不在の家の中で、私と兄が早くから結ばれていた事を母は知っていたのではないでしょうか。
だとしたら、私と兄は、やっぱり・・・・・・。
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