虚実の女

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***** あの方がどういった本を読まれたかですか? それは様々ですわ。 小説が多かったですけれど、日本や中国、それから私には読めない西洋の本もありました。 全部原書でしたわ。あの方は英語もお出来になったのです。 ――翻訳は訳した人間の嘘や誤解、作為が入るから嫌だ。 良くそう仰っていました。 小説の手法で読み手に嘘や誤解を与える語り手を「信頼できない語り手」と言うそうですわね。 ――他人が異なる言葉に訳した物語などその時点で伝言ゲーム、完全には信頼できない語り手から聞く話だ。 それがあの方の持論でした。 私ですか? 女学校を途中で退した頭ですから、本と言えば、文字を追うのが精一杯ですわ。 この通り、もう老眼ですから、今は読む物と言えば新聞くらいです。 ああ、確かにこの梨の段ボール箱の下に敷いてあるのは台湾の新聞ですね。 去年、ご近所の老人会で台北(タイペイ)を旅行した時に買ったんですよ。 あちらは本土のような略字の漢字ではなく昔ながらの漢字ですから、戦前の大陸育ちの年寄りには却って読みやすいですわ。 台湾は暖かくて良いところですね。 でも、日本は戦争に負けるまで台湾をずっと踏みつけにして言いなりにさせていたんですから、今の日本人もそれを忘れてはいけませんわ。
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