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 高校二年の夏休み。  由良海里(ゆら かいり)は妹と共にアルバイトに励んでいた。  高校一年生からずっと続けてきた、通学路にある、二十四時間稼働の冷凍食品工場。  その、早朝だったり、夕方から夜までだったり、休日はほとんど休みなく働き続けた。  時給もそこそこよく、朝夕に入れば食堂で食事にもありつけるし、廃棄予定の弁当が格安で手に入る。  何より、交通費も出るのが良い。  後は‥‥‥いちいち、めんどくさい制服を用意しなくていい。  この辺りが、見た目、どう見ても少女に見られがちな少年の大河のお気に入りだった。  そんなに他人がどうこう言うほど、背丈が低いわけではない。  百七十手前はあるし、これからまだまだ伸びるはずだ。  ただ‥‥‥。 「海里はもう無理かも、ね?」 「こら、僕の。  勝手に取るなよ、杏里(あんり)」 「別に?  だってサイズ変わらないし。  ほら、早く着替えないと遅刻だよ、お兄ちゃん?」  とまあ、この一卵双生児の妹がいるのがたまに傷かもしれない。  見た目も同じ、身長も同じ。  髪型まで、杏里は真似をしてくるのだから、やりずらいことこの上ない。  その日もそうだった。    この浅野冷凍食品株式会社。  全国にそこそこ子会社がある、冷凍食品界隈でも中堅どころの会社である。  大手コンビニエンスストアや食品スーパー向けの弁当や麺類の加工・調理・盛り付け。  そう来てからのフリーズドライで即冷凍からの出荷が主な作業。  工場のそこかしこにベルトラインが走っていて、その上を容器とそこに載せられた麺だの。  御飯だのが最初に並びその上に各種具材がこれでもか、と凄まじい速さでベルトの上を駆け抜けていく。  そして、冷凍装置の中に吸い込まれていく。  そんな作業場に至るまでに、海里はある難関を切り抜けなければならない。  そこは男性には厳しく、女性には、(一部の)、喜ばれて受け入れられている関門だ。  男女の更衣室は作業着を持ち帰らないという会社のせいで海里は毎度毎度、このセクハラを受けていた。   玄関から二階に上がる階段を抜けると、まず大きな廊下にぶち当たる。  その右手側に大きな衣装部屋から左右にそれぞれの入り口があり、着替えたら、割り当てられたロッカーに自分の衣類だの手荷物を入れて鍵をして地下にある作業場に向かう。  そんな感じになっている。  そして、男子更衣室には二つの出口があるのだが‥‥‥。 「あ、また!  ちょっと、そこから出ないでくださいよ!!」 「へ?  だってもう開けたし。なあ?」 「いいだろ、男の着替えだ。何を恥ずかしがってんだ?」 「まあ、その髪型じゃ、女と思われてもなあ。  海里、もう少し髪切るか、筋肉付けないとなあ。  まだ妹の方が、重いモノ持てるんじゃないのか?」  そんなヤジが飛んで来るそこは、通路向きの入り口。いいや、出口だ。  女子更衣室には絶対にあってはならない存在。  通路から内側が丸見えのこのシチュエーション。  そして‥‥‥いまの時間帯は、海里を含めた近隣の高校生たちが昼間の勤務であるパートさんたちと入れ替わる時間でもあり―― 「だからって僕のロッカーの横にあるドアをわざわざ開けていくことないでしょう!?」 「うるさいよ、こっちが近道なんだよ。  食堂の入り口へのな?  階段にだってすぐに出れる。  その名前を恨んだらどうだ?」 「くっー‥‥‥!!」  確かに。  海里のロッカーのすぐ隣にその入り口はある。  抜ければ階段の入り口にも、対面にある食堂の入り口にもすぐに行ける。  何より彼ら、おじさんたちの目当てはその隣にある喫煙室だ。  わざわざ気を遣わなければいけない、喫煙者たちにこれ以上の文句は言い様がない。  そして、会社側は‥‥‥、 「まあ、着替えするときは気を付けて?  男の子だし、冷凍庫勤務だし、そんなに下着を見せることも無いでしょ?」  なんて当たり障りのない返事でこのドアを封鎖してくれない。   「そりゃあ、これが冬場なら文句なんて言わないよ。  でも今って夏場じゃん。しかも夏休みだし!  誰だって、冷凍庫に入るために厚着するでしょ!?」  Tシャツ一枚でやってきても、それは汗をかいている。  そんなまま、中に入った日には‥‥‥即日、風邪を引いて休暇になってしまう。  使えないアルバイトに居場所はない。  ただでさえ、高校生は使いづらいし、直接雇用よりは長時間労働できる派遣社員を入れたいって上の人間が言ってるらしいぞ?  そんな噂が耳に入ってくる最近だ。 「ここで休んだら、学費払えなくなるじゃん。  バイクだって買いたいのにさー‥‥‥」  部署が違うが、同年代の高遠樹乃や秋津七星は女子なのに中型バイクで通勤していて、それを羨ましく思ったのが バイクに興味を持ち始めたきっかけだ。  とはいえ、普通高に通い塾にも行かないでいては進学に差し支える。  月に数万でもいいから稼いで、自身の塾代に当てなければ、両親は高校の学費以外は自分でどうにかしなさいという人間だから甘えても何もでない。  仕方なく、アルバイトをしてみれば月に十万円前後になり‥‥‥。塾よりも稼いだ方が良いと身をいれて、それでも成績は重要。  ありがたいことに、文系の海里と理系の杏里のペアはそこそこに優秀で成績もまあまあな位置づけだった。  ただ、海里の不満はやはりこの瞬間。  おじさんたちが扉を開ける瞬間を待ち構えていたかのように、同級生や下級生、年上の大学生、主婦の御姉様たち、そして、海外から来ている技能実習生の女性陣。  その多く、少なくとも数人から十余人の視線が海里に注がれる。  それは廊下だけでなく、まるで見ようと画策していたように丸いテーブルに座り込んで話していたベトナム人や中国人の二十歳前後の女性の目の保養? にもなってしまうのだ。 「うわわ!?  待ってよ、まだ全部履いてない――!!」  今日はさすがにヤバかった。  あまりに寒いからと、昨夜買ってきた冬場用の下着に履き替えている瞬間を狙われた。  頭から上は校内でも美少女に数えらえる妹と同じ顔。  その下にはいくら鍛えても、食べても筋肉も贅肉もつかない‥‥‥柔肌が一つ。 「最っ低‥‥‥!!!」  せめてあと数秒後だったら良かったのに。  お尻を見せる形で慌てて履いた下着姿の海里を見たのは、誰でもない憧れの女性‥‥‥。  左右にそれぞれ、違う色のメッシュを入れて同じ日本人形のような髪型にしている、ニコ一なかよし美少女が二人。  先程、考えていたバイク乗りJK、七星と樹乃がそこにはいた。 「あれ、海里君。  なかなか様になってるねー???」  男勝りの樹乃はそう言い、ほら締めるよ?  ゴメンネーと七星が謝り、しかし、見るところは見ていて‥‥‥。  二人の後ろには女子大生で時折、同じラインに並ぶ甘利佳南も見えていた。 「早く締めて!!!」  小声でそう怒鳴って、扉は無情にも一定の速度で締まって行く。  これは開けた人間が怪我をしないようにとの、会社側の優しさなのだが‥‥‥今回はそれが裏目に出たようだ。 「あーあ‥‥‥海里。  大変だなー?  まあ、うちの連中で良かったんじゃないか?」 「由樹さん、そんな言い方ないですよ!!  ベトナムの人たちも見てましたよ!?  知ってますか、僕のあれ、小さいって!  この前、噂になってたって‥‥‥」 「噂?  誰がそんな話を?」 「だから、阿部さんが、その。奥さんがここで働いてるじゃないですか。  夫婦で。だから――」  阿部というのは三十代の資材課の社員だ。彼は昨年、技能実習生で三年勤めていたベトナムの女性と結婚して、いまは夫婦でこの会社で働いている。  つまり、そういう噂もどこからかまことしやかに流れてくるというわけだ。 「そうなんだ‥‥‥。  で、小さいの?」 「知りません!!」  なんでそんなこと聞くんだよ、みんなデリカシーの欠片もない。  そう海里はぼやくが、おじさん連中や、高校三年の由樹には大して実感が沸かない。  見えるなら見せとけばいいじゃん。  合法セクハラだろ?  そんな感じで、彼らはすでに割り切っているからだ。  いや、そうじゃないだろ、と海里は知っている。  彼らのロッカーは、扉から見えない場所にある。  海里だけが、もしくは海里の近辺にあるロッカーの主だけが、女子の毒牙にかかっているのだ、と。   彼は己の悲しい現実を受け入れるしかないのだった。
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