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day2
城川は比較的、優れた容姿をしている。大きな黒目がちの目と、栗色の髪。背は高くないが手足はすらりと長い。近所でもちょっとした有名人だった。小さい頃など、通りすがりの女子高生に愛想を振りまけば黄色い声援を浴びていたし、女の子のようだったからちょっと危ない人に声をかけられることもままあった。実の母親がなかば本気でアイドル事務所に連れて行こうとしたことがあるほどだ。
さて、それではなぜ実際に芸能事務所に連れて行かなかったかと言えば。
「全然かわいくないよね。上の下でもないし中の上でもないし、いいとこ下の中だよね」
「お前本当に最低だな」
フロアに並ぶメンズファッションの店の隅、服を手に取るふりをしながら、とある女性店員をそう評した城川を堀内は心底蔑んで言った。
なぜ母親が芸能界入りを断念したかといえば、それは城川の性格による。彼は非常に素直な質であった。いや、素直といえば聞こえはいいが、単に考えなしに思ったことを喋っているだけとも言える。
天は二物を与えなかった。
現代社会の荒波を、まして人に与える印象がとても重要である芸能界を渡って行くには、少々この性質は難儀であると判断した彼の母親は賢明である。どの子供にも向き不向きというものがある。
「幸夫だって、かわいくないよりかわいい方がいいでしょ?」
「別に顔は関係ないだろ」
「じゃあ幸夫は何で恋人を選ぶの?」
「選ぶとか選ばないじゃないんだよ」
「どういうこと?」
休日のファッションビルは人で賑わっていた。とはいえ、あまり同じ場所でとどまっていては目立ち過ぎる。二人は少しずつ移動しながら話していた。
「好きになるってことは、そんな能動的なことじゃない」
「ノウドウテキ?」
「俺の場合はだけど」
「意味わかんない」
「自分でもなんで好きなのか、わかんねえよ」
堀内はなかば自嘲気味に言ったが、城川はそれに気づかない。今は目の前のことで頭がいっぱいであったし、そもそも城川は相手の気持ちに聡いタイプではない。すでに興味は移っている。
「何であの女なのかなあ。全然かわいくもないのに」
仕立てのいいコートが掛けられているラックの間から不躾な視線を送りながら、城川は眉間にシワを寄せた納得のいかない顔をする。人の話なんててんで聞きはしない腐れ縁には慣れたものの堀内は、その様子を見ながらため息をついた。
「少なくとも」
彼の人生において、その大部分は目の前の幼なじみのためについたといっても過言ではないそれを、今日も今日とて彼のために吐き出しながら堀内は言った。
「浮気相手をこそこそ偵察しに来るお前よりはマシなんじゃねえの」
ただ残念なことには、それもまた例に漏れず城川には届いていないのだが。
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