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城川が堀内のアパートに押しかけ、明けて本日。朝はパンがいいとうるさい城川を全く無視して炊きたてのご飯を出した堀内は、飯を食ったらさっさと帰れとアサリの味噌汁をすすりながら言った。
「今日付き合ってよ」
「断る」
「何でだよ。まだどこにか言ってないじゃん」
「絶対にろくな話じゃない」
「とりあえず、ご飯食べたら出よう」
「行くって言ってねえからな」
そしてなんやかやと揉めた挙句、落ち込んでいたわりにはちゃっかりと飲み会で聞き込んでいた浮気相手の勤め先に二人してやってきたわけである。そして、こうして向かいの店から様子を伺っているのだが。
「今まで都築が浮気してきた女はもっとこう、ギャルっぽいっていうか、軽そうっていうか」
「お前もだしな」
「あんな地味ぃな感じのタイプじゃなかったんだよね」
実際、浮気相手というその女は、化粧っ気のない地味な顔立ちをしていた。服装こそオシャレな格好をしているが、ファンデーションを塗っただけのような簡素な化粧に髪も申し訳程度に染めただけで、およそショップの店員らしくない。しかし、こうして長い時間見ていると、彼女がとても活き活きと仕事をしているのがわかる。挨拶は張りのよい声で、客には邪魔にならない程度に積極的に話しかけ一緒に服を選ぶ。城川が言うように、顔は可愛いわけではなく、むしろ世間一般ではかわいくない方の部類に入るが、くるくると動く表情が彼女を明るく見せていた。
「よし、直接対決に行こう」
「おい、迷惑になるからやめろ。おいって!」
慌てて止めるが時すでに遅し、すでに城川は店の中に入って行った。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
硬い表情でずんずんと店に乗り込んで来た城川に、彼女は明るく声を掛ける。
「俺の恋人があんたと」
「よく似た感じの人だから、どんなプレゼントがいいか一緒に探してもらいたいみたいなんだけど」
すんでのところで止めに入りなんとか不穏な台詞を阻止した堀内は、冷や汗をかきながら城川からの非難の眼差しを受け止めた。
「彼女さんは、メンズブランドとか好きな方ですか?」
「彼女じゃないし、あんたのうわき」
「まだ付き合ったばっかりで照れてるんですこいつ、素直じゃなくて」
ははは、と乾いた笑いを漏らしながら堀内は内心毒づいていた。なんで自分はこのバカのフォローをしなければならないのかと。
「わたしもマフラーとか財布とか、あと足が大きいから靴なんかもメンズのショップで買ったりするんですよ」
「結構そういう人って多いんだ?」
「そうですね。うちは服だけじゃなくてバッグやアクセサリーなんかも多く扱っているので、女性のお客様もよくお見えになるんですよ」
例えば、と傍の棚に飾られていたバッグを取り出して説明する彼女は、よく商品のことを理解していて勉強しているのだろうことがわかる。相手がじゃあこんなのは、と要望を出せば彼女はすぐにそれならこちらが、と別の商品を出してくる。店で推している商品だからではなく、どれを手に取っても詳しく説明することができるのは彼女がそれだけ仕事熱心だと言う証だろう。
目が少し離れていて鼻が大きいけれど、それも愛嬌があると言われればそんなものだと堀内は思った。
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