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そのどこか人好きのする笑顔を向けて、彼女は言った。
「どのようなものをお考えですか?」
「別に」
「マフラーなんかどうだろうって言ってただろ」
切って捨てる調子の城川と冷や冷やしなが間に入る堀内に、でしたらこちらなんかいかがでしょうか、と差し出したマフラーは深いワインレッドの落ち着いた色味をしていた。
「こちらは女性の方に人気で、柔らかく肌触りも良くて、実際プレゼントに買われて行く男性のお客様もいらっしゃいました」
「へえ、いい色だな」
半ば、本気で堀内が商品の説明に聞き入っていると、城川が低い声を出した。
「あんたは付き合ってる人いるの」
せっかく不穏な空気を回避したのに、と思いながら堀内が振り返ると、城川はあからさまにケンカ腰の様子で彼女を見ていた。その視線の先、店員の方は思いがけず頬を赤くして今しがた手に持って説明していたマフラーをぐちゃぐちゃにしていた。その姿を、堀内は素直に可愛いと思った。
「い、います」
「ふうん。どっちから告ったの」
「あの、彼の方から」
これは意外だったのか、城川の眉がぴくりと動く。それというのも都築という男は自分から動くタイプではなく、寄ってくる女をしかも選んで食うような男だったからだ。かくいう城川も自分から告白している。
「……へえ」
「もうすぐクリスマスですから、わたしもプレゼントを買いに行こうと思ってるんですけど」
「ふうん」
城川の気のない返事に気を悪くした様子もなく、彼女はぐちゃぐちゃにしてしまったマフラーを丁寧にたたみながら明るい顔で笑った。
「好きな人にプレゼントを買うのって、とっても幸せですよね」
「感じのいい子だったな」
返事はないが、堀内は特に気にもせずに家までの道を歩く。実際会ってみた印象は頗るよかった。あのあと、買いもしないプレゼント選びのために小一時間は店にいた。というのも、いもしない架空の恋人のために真剣に考えてくれる彼女を適当にあしらえなかったせいである。結局何も買わずに出た城川たちを、彼女は笑顔で送り出した。いいプレゼントが見つかるといいですね、という言葉とともに。彼女を選ぶ気持ちが、堀内にはわかる気がした。
「もう気が済んだだろ」
隣を歩いている城川をちらりと見やる。城川は俯いたまま無言で歩いており、その顔は見えない。少なからず思うところがあったのではないかと堀内は思った。
「もうあんな男のことは忘れて、今日はぱっと飲みにでも行こう。話なら俺が聞いて、」
「決めた」
不意に城川が顔を上げる。堀内は非常に嫌な予感がした。とても嫌な予感が。
「クリスマスまでに絶対別れさせてやる。そんであの店で買ったプレゼントをあいつに渡してやる」
彼女の明るさを選ぶ気持ちが分かったのは、どうやら堀内だけのようだった。城川は陰湿な笑みを浮かべている。
ああ、もうどうにでもしろと思った堀内は、当然のことながら3日目も付き合わされることになる。
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