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day3
なんとものどかな日曜日、動物園は人もまばらだった。冷たい風に心持ち、動物たちも静かに体を休めている。しかし寒いとはいえ陽がさしており、人も少ないからゆったりと楽しむことができた。もちろん誰かを尾行するようなことさえしていなければ、の話ではあるが。
「動物園って!動物園がなんて似合わない男なんだあいつは!」
キリンがはむと木の葉をはんでいる柵の間から顔を出して様子を伺う城川を見ながら、堀内はのどかな空気にそぐわぬため息をついた。
「男二人で不審な動きをしてる俺らの方がよっぽど浮いてるわ」
いつもの通り、堀内のツッコミもなんのその。城川は今まさに動物園デートをしている元、恋人とその恋人をじっとりと観察しながら後を尾けていた。
「だいたいあいつは俺と付き合ってる時デートなんて全然してくれなかったし」
「へえ」
「いっつも俺の部屋かラブホで、あいつのうちにだってほとんど入れてくれなかったし!」
「よくそれで付き合ってたって言えるな」
「そういうこと言うの無神経じゃない?」
「お前が言うかよ」
昨日、件の浮気相手に会いに行った時に彼女の恋人の話になった。明日は休みでデートなんです、なんてことを彼女は言っていた。つまらなそうな顔で聞いていたからてっきり聞いていないのかと思いきや。
気持ち良く怠惰な日曜を満喫していた堀内は、今朝早くに家までやってきた城川に叩き起こされた。正確に言うならば、恐ろしく連続で鳴らされたチャイムに叩き起こされた。こんな非常識な訪問者はやつしかいないとしばらく無視していたが、先に根負けしたのは堀内の方だった。しぶしぶ部屋に上げると、当然のように椅子に座った城川に朝ごはんを出しながら堀内はやめようと言い続けたが、頑として聞かない。それも別に、今に始まった事ではないのだが。
そうして城川と堀内は、昨日彼女が行くと言っていた動物園へとやって来ていた。
「もういい加減諦めろよ」
「やだ」
「昨日のでわかっただろ?彼女はあいつに恋人がいたなんて知らないまま付き合ったんだろうし、悪気なんて全然ない。彼女まで巻き込むのはお門違いだ」
恋人について話すはにかんだ顔を見れば、彼女が「浮気相手」ではないことは明らかだ。都築のことはどうでもいいが、彼女に不快な思いをさせることに堀内は反対だった。
「……動物園なんて一回も連れて行ってくれなかった」
ゾウが鼻から水を出すと、歓声が上がる。それに紛れて城川がぽつりと呟いた。仲間はずれにされた子供のような声に、一緒になって歓声を上げていた堀内が振り向く。
「動物園なんていつでも行ける。別に恋人とじゃなくてもいいじゃねえか」
少し先の方にいる都築と彼女は楽しそうにキリンを見ている。それはどこからどうみても仲の良いカップルで、どうみても邪魔なのは城川の方だった。
「でも俺は、恋人と行きたかった」
「じゃあ新しく恋人を作ればいいだろ」
「都築と行きたかった!」
二人で出かけることなど数える程しかなかった。男同士だからと誰にも言えなかったし、二人で出かけることを都築が嫌がった。
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