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告白したのは城川からだ。卒業式の日、当然振られることを覚悟した決死の告白に予想外の答えをもらい、城川は天にも昇る気持ちだった。だからそんなに頻繁に会えなくても、ラブホばっかりでも気にしなかった。いや、気にしないようにしていたというのが事実であろう。二人で出かけたいとか、都築の部屋にご飯を作りにいきたいとか、そんなわがままを言って別れ話になる方が怖かった。
「それはわがままじゃねえと思うけどな」
ぼそぼそと聞き取りにくい声で話す城川に、柵に腕を乗せた堀内は言った。
「相手を気遣うのは普通のことだけど、相手の顔色を窺って言いたいことも言えないんじゃおかしいだろ。フェアじゃない」
そんなん恋人なんかじゃねえよ。
口にしてから、言い過ぎたと堀内は後悔した。隣を窺うと、柵に背を預けたまま城川は静かに俯いている。どちらかといえば華奢な肩が小刻みに震えていた。このどうしようもない奴だけれど、どうしても見捨てられない腐れ縁を励まそうと堀内は手を伸ばした。が、
「だよね、こんなの絶対おかしいよね。なんで俺ばっかり我慢しなくちゃいけないんだっつーの」
「は?」
顔を上げた城川は闘志を燃やしていた。ああ、またこのパターンかと堀内は天を仰ぐ。
「そうやすやすと捨てられてたまるかって話だよね。断固として戦ってやる」
「……そうきたか」
「よし、突撃だ」
ずんずんと歩いていく後ろ姿を見ながら、これは昨日と同じパターンではないかと堀内は再度ため息をついた。
「あっれー都築じゃないかー久しぶりー」
城川が朗らかに手を上げるとその向こうで今の今まで笑顔を浮かべていた男ーー都築はギョッとした顔で振り返った。同じように隣にいた恋人があれ、という顔で城川とその後ろであからさまにめんどくさそうな顔をした堀内を見た。
「昨日の!都築くん知り合いだったの?」
「え、なんでしのぶが知って……?」
都築が驚くのも無理はないだろう。自分の恋人が元恋人を知っているというのだ。普通は驚くし、気まずい。都築という男、女関係は実にろくでなしであったが、その辺りは普通の感覚があるらしい。
「昨日、うちのお店に来てくれたの。彼女さんのプレゼントを買いにいらっしゃって。いいものが見つかりましたか?」
途中までは自分の恋人に、あとは城川に笑顔を向けた。
「いやあ、全然。またあんたのお店行こうかな」
「ぜひいらしてください。一緒にお探ししますよ」
「彼女……?」
都築が引きつった顔で自分の恋人と元恋人を見る。そしてどうやら城川の意図を察したらしく、顔を強張らせた。
「ちょっとごめんなさい。都築くん、私お手洗いに行ってくるね」
「ああ」
それでも都築は彼女に、ここで待っていると優しい顔をした。そして彼女がその場を離れると、険しい顔に戻った。
「どういうつもりだ」
低い威嚇するような声で言って、都築は城川と堀内を見た。都築という男は雰囲気の男である。悪くはないが特別かっこいいわけでもない。しかし外面がよく口がうまいからモテる。今日もファッション雑誌から抜け出したような服装で、見てくれはいい。
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