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day1
城川歩が恋人の浮気を知ったのは、高校時代の友人たちと久々に集まった飲み会の席でのことだった。
わいわいと賑わう忘年会シーズンのとある居酒屋。お決まりの流れで誰が誰と付き合っているとか、実は結婚して子供がいるとか、そんな話になった時に誰かが「そう言えば」と言い出した。
「あの都築がようやく本命の彼女を作ったらしいぞ」
「マジで?あの百人切りの都築が?」
高校時代のくだらないあだ名に一同が笑う中、誰も気がついていないがビールのジョッキを持った城川は一人、顔を強張らせた。
「この前久々に会ったんだけど、まあ社交辞令的に?最近どうなんと聞いたわけよ」
「なんせ百人切りの都築だからな」
「そうそう!」
誰かが再び昔のあだ名を出すと、その場はどっと沸いた。あいつは本当にとんでもないやつだったと誰かが言う。誰が呼び始めたのか、女癖の悪さを揶揄したこのあだ名。都築という男はその二つ名に相応しい女たらしだった。曰く。
他校の女子生徒が校門前で鬼の形相で立っていたとか。同じクラスの女子に二股かけてた時の血みどろの修羅場だとか。あの先生とは不倫してたとか……話は尽きない。
ひとしきり昔の話題で盛り上がると、それで?と誰かが軌道修正を行う。
「いやそれでさ、今も相変わらずかと思いきや今は一人としか付き合っていないとか言うわけよ。二股常習犯の都築がさ」
「二股どころじゃないけどねえ」
「たしかに」
城川の動揺をよそに話はどんどん進んで行く。誰も城川が白い顔で固まっていることには気がついていない。
「いやそれがさ、その子とは本気らしくて、結婚も考えてるんだって」
「へー!本気で本気じゃん」
「そうなんだよ。なんでも最近知り合ったらしいんだけどすごくいい子なんだってよ」
「あの都築がねえ」
「人間って変わるもんだな」
ここにはいない誰かの噂話というのはことさら盛り上がるものだ。まして都築という男は話題に事欠かないタイプの人間であったから、高校時代の懐かしい思い出を肴に飲み会は大いに沸いた。またやろうと、近日中に集まる約束を取り付けるほどには、盛り上がった。ただ城川歩、一人を除いて。
なぜなら件の都築とは自分と付き合っているはずの男だったからだ。
アパートのドアがけたたましく鳴らされた時、堀内幸夫は本日一番くつろいだ状態だった。
シャワーを浴びてさっぱりし、部屋着に着替えてテレビを見ながら遅めの晩御飯を取ろうとしていた。高校を卒業して情報処理の専門学校に行きシステムエンジニアとして働き始めて2年。大卒の同期や後輩たちの中で紆余曲折ありながらも、初めて任されたプロジェクトが片付いたささやかなご褒美として、少し高い缶ビールを開けるところだった。
実に良い心持ちであったのだ、そのドアが喧しく鳴らされるまでは。
「……うるせえうるせえうるせえんだよバーカ!」
近所迷惑だろうが、と怒鳴りながらドアを開けるとそこにいたのは案の定。
「人の迷惑を考えろ、歩」
「うわーん!都築のばかー!」
「うるせえな黙れ」
堀内は一つため息を落とすと、泣き過ぎて汚い顔になっている腐れ縁を招き入れた。
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