―夜の蜜林檎―

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―夜の蜜林檎―

「ん…ん、ぅっ」  湿った吐息に甘酸っぱい林檎の香りが混じり、濡れた隠微な水音の響く部屋を甘く満たしていく。  真っ白なベッドの上、素肌を曝し合い、体を繋げ、快感を追いながらも自分から放たれる甘い香りに、織谷(おりたに)有希(ゆうき)は必至で酩酊しかける意識を繋ぎ止めていた。  少し明るい髪を振り乱し、何度もモデルにスカウトされ続けている顔を遠慮なく歪め、筋肉がバランス良く付いた長い手足はベッドに這うようについて快感に耐えて震えている。 「ん、、、ぅふぅっぅ」  全てはこの口に含まされている林檎の味をした大きな飴玉のせいだ。  ともすれば、喘いだ隙に口から転がり出んとする飴玉を何とか口内に留めるが、背後から貫かれ揺す振られ、わずかに開く紅い唇の隙間から蜜のように甘い唾液が零れ出す。 「甘いな、ユキ」  それを無理な体勢で背後から何度も舐め取り満足そうに微笑む彼は、過去、自身の家族だった男。 「ユキ、……ユキ――」  自分を呼ぶ男の声は艶めいて優しく温かい。  この声が聞こえるだけで、自身の鼓動が一瞬、針が振り切れるように大きく跳ねる。それが意味する事を有希は知らない。  母の連れ子だった有希と、父の連れ子だった彼、冴嶌(さえじま)明孝(あきたか)を実の兄のように慕っていた頃の記憶は遠い。  自分達が互いに求めているのは、この身を温めてくれる熱だけ。  昔、兄と慕った彼は、有希の手首を自身が身に着けていたネクタイで一括りにし、尻だけを高く上げさせた状態で背後から折り重なるように有希の後口を貫いている。  一切乱れる事を知らないスーツに、一緒に働く誰もが恐れる冷徹な瞳。そんな、まだあと数年は学生の自分とは違う、日中、外で働く彼からは想像もつかない夜の姿。
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