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その後・もう少し
バケツをひっくり返したような雨というのはこういうのを言うんだろうな、と窓の外を見ながら思った。正面に座っている黒田は、そんな大雨にふられた犬のようにしょんぼりとした顔をしている。
「まあ仕方ないだろ」
「……はい」
「まだ機会はいくらでもあるから」
「……はい」
「だから、その顔はやめろ」
うちの実家にいた犬を思い出すから。うちは両親が共働きだったため、必然的に犬が留守番をすることになる。番犬には全くならない懐っこい犬だったから、みんなが家を出る時間になるといかにも心細そうな顔をしていた。今の黒田みたいな。
「だって、せっかく、初めてのあれなのに」
「なんだよ」
「あの、で……デート!なのに…」
力一杯言ったあとに少し顔を赤くする黒田は本当に今時の高校生なのかと思うほどに初心な反応だ。それとも、今時の高校生は恋愛に奔放だと思う方が偏見なのだろうか。
ああ、もう高校生ではないのか。
「まあ、仕方ないだろ。雨だし」
「……はい」
だからその顔はやめろと言っているのに。
卒業式の次の日、俺は黒田をいわゆるデートに誘った。俺は別にどこでもよかったのだが、黒田は外へ出かけたかったらしい。俺が待ち合わせ場所のカフェに入った頃には外は大雨。黒田はかわいそうなくらいにしょんぼりと店に入ってきた。
仕方ねえな。
「ほら、さっさとそれ飲め」
黒田の前にはアイスコーヒーが置かれている。突然飲むように言われて、不思議そうにしながらも従順な黒田はコーヒーを飲み干した。
「よし飲んだな。行くぞ」
「へ?」
まだ座ったままの黒田を置いて俺はさっさと席を立つ。やがて後ろから慌てて追いかけてくる足音が聞こえてきた。
「先生」
「俺はもうお前の先生じゃない」
「ま、眞幸さんっ……」
振り返ると真っ赤な顔をした黒田が俺を見ていた。そんなに純粋な反応をされると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「どこ、行くんですか」
「俺の家」
「え?」
「飯作ってやるからそれで我慢しろ」
言い置いてさっさと歩いていく。後ろから黒田の変な声が聞こえてきて俺は少し笑った。
カフェを出ると、少し弱まってはいるけれどまだ雨は降り続けていた。横からすっと手が伸びて、傘を差しかけられる。
「眞幸さん、傘持ってないですよね」
俺よりも少し上にある顔を見上げる。その頬を下から叩いた。
「あいたっ。痛いです先生」
「先生じゃないって言ってんだろ」
店を出ると後ろからついてくる。驚くほど初心な反応を見せるくせに、時々大人びた顔をするんだから。
「生意気だ」
隣で黒田が情けない声を上げている。もう少しガキのままでいて欲しいのにな、なんて思いながら俺は少し手を伸ばして髪をくしゃくしゃにしてやった。
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