柴犬の気持ち

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柴犬の気持ち

「兄貴も野球部だったんです。結構強くて。キャッチャー」 「で、お前も追いかけたわけか」 「やっぱり兄貴の真似しますよね。小さい時。それに兄貴すごいんです本当に」  臆面もなく兄の自慢をする黒田はいい子だなあなんてオヤジくさく思う。 「兄貴の学校行かなかったのか」 「なんか恥ずいじゃないですか」 「何だそれ」  なんとなくですと笑う黒田を見ながら、俺は絆されてるなあとつくづく思った。  あの試合を見に行った日から昼休みになるたびに黒田は保健室に来るようになった。友達いないのかと聞いたら大丈夫ですとよくわからない返事をされた。俺はいつもなんとなく追い返せずにいる。 「お前彼女とかいたことないのか」  俺の唐突な質問に黒田がきょとんとした顔を返す。そう言う顔はまだまだ子供っぽい。 「ないです」 「スポーツやってたらモテるだろ。野球やってたんだろずっと」 「やってましたけど。それこそ野球ばっかやってたんで全然です」 「告白とかされたことないのか?」 「ないですよ全っ然。大体俺、そういう話苦手で」  コーラのペットボトルを手で遊びながら黒田が言う。 「周りのやつらとかやっぱそんな話するんですけど。俺的には漫画の話する方がおもしろかったし。それに好きってみんな簡単に言うけど俺にはピンと来なくて。どっからを好きって言うのかが分からなかったんです。話しやすい女子がいても好きかって聞かれると」  騒ぎながら生徒が保健室の前を通り過ぎて行った。今日のこいつはよくしゃべるなとぼんやり思う。 「だからみんなどうやって相手を好きだって決めてんのかなって不思議だったんですけど」 「けど?」  ふいに顔を上げて俺を見る。 「好きになってみたらわかりました」  黒田が笑う。 「この気持ちは好きって感情以外には考えられません、先生」  えらく青臭いことをいってんのにその顔は妙に大人びて見えて。昼休みが終わるチャイムが鳴ったのをいいことに、俺は少しだけ慌てて黒田を追いだした。  今のはちょっとキタ。何かが。
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