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柴犬はもう一度告白する
打ってくれ、どうか。頼むから
抜けるような青空。直に照りつける太陽が熱い。歓声は最高潮に達している。隣に座る女の子が祈るように手を合わせている。ただの練習試合だろう。そう思うのに自分の拳にも力が入っているのがわかる。
ピッチャーは静かに立っている。バッターが構える。三塁のランナーが姿勢を低くとる。そして。
甲高い音が響く。
静まり返る球場。
ホームに滑り込む三塁のランナーとキャッチャーがボールを受け取るのはほぼ同時。
審判は。
爆発的な歓声が鳴って球場が揺れるようだった。滑り込んだランナーにチームメイトたちが群がっている。試合終了。隣の女の子は涙ぐんでいる。ただの練習試合なんだけどなあ、と爪のあとが残る自分のてのひらを見下ろした。
「お疲れ」
飲みさしのコーラを差し出すと一瞬ためらってから手に取る。そして思いきったように口を付けた。
「ガキだなあ」
その様がおかしくて笑ってしまう。黒田が困った顔で見ていた。
片付けも終わった夕方の球場には俺と黒田しかいない。ひとしきり笑った俺はまだ明るい夕方の空を見上げる。黒田が座っている俺を見下ろしている。
「勝ったな」
見上げるとまだ幼いながらも凛とした顔。曖昧さを許さない若さが俺を見据えている。
「先生」
「うん」
「好きです。付き合って下さい」
真っ直ぐさが眩しい。黒田の一番いいところだと思う。
「俺は教師だ」
なんだかんだ言っても自分は教師だなと思う。どんなバカなやつでも、腹が立っても生徒はかわいい。生徒は誰も大切だ。みんな幸せになってほしい。
「お前は俺の生徒だ」
正直もう他の生徒よりもかわいいことは認めよう。これだけなつかれりゃかわいいだろう。けれど。
「お前は俺の生徒なんだよどうしたって」
夕暮の空の下、少しこわばった顔の黒田を見る。嫌いなわけじゃない。むしろ多分、俺はもう。
「俺は生徒とは付き合えない」
「じゃあ、」
「付き合えねーよ」
そんな顔はしないでほしい。俺はその顔に弱いんだ。
「だから、」
俺は気の抜けたコーラを飲み干すと立ちあがって真っ直ぐに黒田を見た――・・・。
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