5

3/3
前へ
/33ページ
次へ
 マンションまで来ると黒崎はなんだかんだと言い募って俺の部屋までついてきて、結局うまく追い返せないまま部屋に泊めることになってしまった。部屋に入る寸前の吉井君はやっぱり硬い表情のままで、どう思っているのかは分からなかった。 「なんか暗いやつだな」 「吉井君のことなら、彼は真面目でおとなしいだけだ」 「お前さ」  部屋着に着替えていた俺が振り返ると、ソファに座った黒崎が思いのほか真面目な顔で俺を見ていた。 「あいつと付き合ってんの」 「言うに事欠いてお前は……」 「あいつとやった?」  瞬間的に膨れ上がった怒りに任せて黒崎の鞄を投げつける。 「くだらないこと言うんなら今すぐ帰れ」 「怒るなよ」  背を向けた俺の後ろから黒崎が腕を回し、抱きしめられる。俺はそれを振りほどけずにされるがままに立っていた。 「悪かったよ」 「なんのことだ」 「この間のこと?嫁の話とか無神経だったって。あれから俺は反省したんだ。もうそういう話はしない。だからさ、俺のことを捨てるなよ」  いつもにないしおらしい声で囁く。謝れば、許されると思っているんだろう。普段謝ることなんてしない自分が謝って見せれば俺が許すと。 「お前に恋人ができたら、もう家に来たりもしないから。今はいないんだろ?」 「……ああ」 「誰かと付き合うまでの間だけでいいから。なあ哲平」  まるでそれが本心だと思い込ませるように。暗示をかけるように。  それは俺にとって呪いの言葉。 「好きなんだよ、お前のことが」  俺は本気で自分のことが嫌いになりそうだった。  目を覚ますと裸の背中があった。罪悪感と、そして自分への嫌悪感で俺は息苦しくなる。黒崎が勝手なことを言っているのは十分理解している。あんな薄っぺらな愛の言葉を信じているわけでもない。電話でなら拒絶することができるのに、顔を見るとどうしてもそれができないのは、俺が黒崎のことを好きだと言うことなんだろうか。 「最悪だ……」  昨日のことを、吉井君はどう思っただろう。途中までは楽しく飲んでいたのだ。あまり自分のことは話さない彼が、自分の思っていることを話してくれた。それは少しだけ彼の心を開けたかのような気がして嬉しかったのに。今日は後悔しかない。  ゴミの日だったと思い出して、服を着るとごみを集めて玄関を出た。すると隣から同じようにゴミ袋を持った吉井君が出てきた。俺はなんとなく気まずくて、よそよそしい挨拶をした。 「おはようございます」 「ああ、おはよう」  そのまま会話することなく俺たちはエレベーターに乗り下へ降りた。ゴミを捨てるとまた無言のままエレベーターで部屋に戻る。昨日のことを謝ろうと意を決して口を開きかけた時だった。 「前に言っていた」 「え?」 「前に言っていたのは、昨日の人のことですか」  まっすぐに聞かれて俺は押し黙った。吉井君は、何も言わずに俺の答えを待っている。多分、俺が答えるまでずっと。 「……そう、です」 「そうですか」  吉井君は一瞬だけ目蓋を伏せると、小声で挨拶して部屋に戻っていった。俺はなぜか後ろめたさを感じながら黒崎のいる部屋に帰った。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加