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「今日もまた冴えない顔してるね」  午前中、最後の客が帰ると店長が俺の顔を見て言った。そんなことないと言った俺の声はいかにも力がなくて、これではその通りだと言っているようなものだった。 「まあ仕事には差し支えてないからいいけど、無理はしないようにね」 「……はい」 「仕方ないなあ」  今日は飲みに行くぞと言い出した店長に困った顔をしながらも、その明るさにはずいんぶん助けられていると思う。  七海ちゃんにタクシー代を渡して、懲りもせずぐでぐでになった店長と一緒にタクシーに乗せると、俺は自分も帰途についた。結局店長の愚痴に付き合わされてあまり飲めなかったからいつもの店に行こうかと思ったけれど、また黒崎に会うのが怖くてそのまま帰ることにした。 「こんばんは」  マンションのエントランスでよく知っている声に呼び止められて、ぎくりとしながら振り返る。コンビニの袋を持ってこちらを見ている吉井君に、俺はぎこちなく挨拶を返した。 「なんか、久しぶり?ってそんなこともないか」 「そうですね。志波さんは今帰りですか?」 「飲んできたんだ。……あの、お店の店長たちと」  暗に黒崎ではないと強調するような言い方になって、そんなは必要ないんだと自意識過剰のようで恥ずかしかった。当然、吉井君は特に気にした様子もなく「そうですか」と答えた。 「吉井君はコンビニ?」 「牛乳が切れてて」  当たり障りのない話をしながら俺たちはエレベーターに乗り込んだ。黒崎と鉢合わせてからしばらく経っていたが、吉井君と話すのはそれ以来のことだった。それが、避けられていたのかそれとも偶然だったのかはわからない。あの時のことを謝るべきかどうか俺は迷っていた。別に謝るほどのことでもない気はするけれど、先に一緒に飲んでいた吉井君を蔑ろにした感はあったからそれは謝るべきだろうかとも思う。  悩んだ挙句、身のない話をしたまま部屋の前まで来てしまった。 「あの、少し話せませんか」 「じゃあ、俺の部屋でもいい?」  すでに部屋の鍵を開けていた俺が言うと吉井君は頷いた。 「あの……こないだはごめんな」  不思議そうな顔で俺を見上げた吉井君の前に、コーヒーを置くと俺もその向かいに座った。インスタントのコーヒーはお湯を入れすぎたのか少し薄かった。 「何がですか?」 「ほら前に一緒にご飯を食べに行った時。途中から黒崎、俺の友達が入ってきちゃって中途半端になっちゃっただろ」 「ああ」  気にしないでくださいと言いながらカップに口を付ける。俺は、前に吉井君に出してもらったコーヒーは美味しかったなと思い出していた。 「いいんです。ああいうの慣れているので」 「慣れてる?」 「俺は自分がつまらない人間だと知ってますから。一緒にいても楽しくないだろうし、だったら他の人と話してくれていた方が俺としては気が楽なので」 「待って待って、この間のはそういうのじゃないから」  誤解を解こうと俺は大きく手を振った。別に吉井君がつまらないから黒崎を同席したわけじゃない。そもそも向こうの方がイレギュラーだったわけで、迷惑だったのはむしろ黒崎の方だった。だからさっさと店を出ようとしたのだ。
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