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 そう説明すると吉井君はでも、と口を開く。 「でもあの人は志波さんとはそういう、関係なんですよね」 「そう、だけど」 「結局部屋にも泊まっていたわけですし。別に俺のことは気にしないでいいですから」 「そうだけど、そうじゃなくて」  言葉を募れば募るほど言い訳じみてきて、余計に言葉を吐き出してしまう。それらの全ては上滑りして、自分でもバカだと思うのに止めることができない。 「確かに、黒崎とはその、そういうことをしているけれど、別に吉井君のことをないがしろにしたわけじゃなくて、あそこに黒崎が現れたのは完全に想定外だし。本当に吉井君と話してるのは楽しかったんだ。むしろ邪魔だったのはあいつの方で」 「でもあの人と話している志波さんはすごく普通で、自然というか」 「それはあいつとは高校からの付き合いだからだ。吉井君とは全然違うから」 「志波さんは優しいですね」  困ったように笑う吉井君を歯がゆく思う。別に気をつかっているわけじゃないのに、彼はそんなふうにしか思っていない。控え目なのは吉井君のいいところではあるけれど、いっそ卑屈に過ぎるのはどうしてだろうか。 「俺は全然優しくなんかないよ。慰めで言ってるんじゃない。君はもっと自信を持つべきだ」 「自信なんて」 「面白くもないのに何度も一緒にご飯を食べたりしないだろ普通は」 「……志波さんは優しいです。だからこそ、そんな関係はやめるべきだと思います」  少し俯いている顔は見えなかったが、きっぱりとした声で吉井君は言った。そんな関係、というのが何を指しているのかは分かっている。それは自分自身でも重々承知のことだった。 「黒崎さんは、ご結婚されてるんですよね」  指輪をしているのを見ました、と呟いた吉井君がそんなところを見ているなんて思ってもみなかった。真っすぐな気性の彼には知られたくなかった。 「奥さんが、かわいそうです」  痛いところを突かれて俺はただ押し黙る。 「志波さんは、奥さんのことは知っているんですか?」 「一度だけ、会ったことがある。あいつと同じ会社の子で」  純白のドレスをまとう彼女は、これからも夫をよろしく、と俺に向かって幸せそうに微笑んだ。何も知らない彼女にうまく笑顔を返せたのかは分からない。ただ俺に向けた彼女の顔には少しも曇りがなかったから、きっとうまくとりつくろえていたのだろう。あの幸福に満ちた場をぶち壊しにしなくて本当に良かったと思う。職場結婚の二人の披露宴には同僚たちがたくさん出席していて、新婦と並ぶ黒崎は俺の知らない男だった。  何も思わなかったかと聞かれれば、そんなことはない。けれど幸せそうな二人を見ていて本気で祝福したいと思ったし、これ以上彼女を裏切るのはやめようと思った。もう会わないと決めた。決めたはずだったのに、式から二週間後、黒崎は以前と変わらない顔で俺の部屋を訪れた。 「奥さんと出会う前から今の関係だったんですか」 「……そう」 「この前話したとき、志波さんは黒崎さんのことが好きかどうかわからないって言ってましたよね」 「うん、そうだね」 「黒崎さんはあなたのことが好きなんですか?」 「好きじゃない」  即答して、虚しくなる。何もかも曖昧な黒崎との関係の中でそのことだけは確かだと思えた。黒崎の口にする「好き」はいかにも軽薄で、吐いた先から消えてしまうようないい加減さだった。
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