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黒崎とは高校からの、いわゆる腐れ縁だった。好きなバンドが同じで意気投合して、一緒にライブに行ってからは急速に仲良くなった。わりと共通点が多くて、隣にいても楽だった。本当に居心地がよかった。
初めて黒崎とセックスをしたのは、出会ってから一年後の17歳の時だった。なぜそんなことになったのかはわからない。偶然が重なっただけのような気もする。
当時、俺たちは二人とも女と付き合ったことがなくて、セックスへの興味があった。たまたま家には誰もいなくて二人きりだった。気が付いたら二人ともベッドに座っていた。
どれも要因かもしれないし、どれも違うかもしれない。けれど俺たちは確かにキスをして服を脱がせ合って体に触れて、そしてセックスをした。ただやり方はよくわからなかったから、疑似的だったと思う。それでも確かに俺たちはそれで快感を得たのだった。
「おはよ」
「……おはよう」
俺を見上げる黒崎は眠そうな顔で返した。俺は裸のままベッドを抜け出すと、タンスから下着を取り出して身に着ける。テレビをつけるとかわいらしいお天気お姉さんが今日は全国的に晴れだと言っていた。
「朝早いな」
「だから早いって言っただろ」
振り返ると、黒崎が手招きしていた。その笑った顔をうさん臭く思いながらもシャツを着ながら傍に寄る。傍まで寄ると伸ばした腕で髪を思いきり引っ張られ、そのままキスをした。挨拶のそれではなくて、性行為の始まりのような激しさだった。
「……やめろ」
「今からやる時間ないの」
「そんなものあるわけないだろ」
「俺お前の髪好き」
「引っ張りやすいからかよ」
職業柄、髪をいじめるからケアには気を遣っている。客の髪をきれいにするのに自分のそれが清潔でなければ説得力もあったものじゃない。ただ最近は忙しくて伸ばしっぱなしだった。
「伸びたな」
「そうだな」
今ではくくれるほどになった髪を、黒崎が指で梳く。
「髪、切るなよ」
「それは俺の勝手だろ」
軽く頬をたたいてから体を離す。背を向けると後ろから笑い声とライターの音が聞こえた。
「ここでは吸うなって言ってるだろ」
「家じゃ吸えないんだよ」
振り返るとベッドに座ったまま煙草をくわえていた。煙を吐き出す見慣れた姿。もう何度も見ている。
「嫁が煙草嫌いだからさ」
「……せめてベッドの上はやめろ」
服を着て髪をくくる。身支度を整えて靴を履きながら黒崎を振り返った。
「鍵、閉めて行けよ」
煙草を咥えたままひらひらと手を振る。俺はため息をついてから外に出た。天気予報の言う通り、今日は晴れている。まぶしさに目を細めた。
「本当に、もうやめよう」
こんなろくでもない関係は。何も、生まない。
ため息をついていると、ちょうど隣の部屋のドアが開いて人が出てきた。
「おはようございます」
「……どうも」
小声で小さく返した隣人は、わかるかわからないかのぎりぎりぐらいの動きで頭を下げると、階段を降りて行った。俺が越してきてしばらくしてから入居した彼とはほとんど会話をしたことがなかった。まあ他のマンションの住人ともそんなに話したことはないのだが。隣人はまだ若そうだけれど、前髪で顔が隠れていて年齢もよくわからない。切ればいいのにと彼を見かけるたびに俺は思っていた。
「余計なお世話か」
俺は独り言を呟いてからもう一度外に目をやった。それから気を取り直してマンションの階段を降りた。
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