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その訃報を受け取ったのはお店でのことだった。突然入ってきたその女性に見覚えはなかったけれど、店長はすぐに分かったようだった。
「確か徳田さまの」
「そうです」
少し驚いた顔をしたその人は、義母がお世話になりましたと丁寧に頭を下げた。もう何年も前に一度だけ付き添いで訪れていたその人のことを覚えていた店長に、俺は密かに舌を巻いた。
ちょうど客の引けたところだったので奥へ案内しようとしたけれど、すぐに帰りますからと固辞されて、結局店先で立ち話となった。
「実は義母が先月亡くなりまして、今いろんなところへご挨拶に伺っているんです」
「あんなにお元気そうだったのに……」
思わず呟いた店長と同じように、俺も心底驚いていた。最後に見たのは二ヶ月程前だったけれど、元気そうだった。とても病気などしているふうには見えなかった。
「本当に急だったものですから、みなさん本当に驚かれていて」
「ご病気か何かで?」
「老衰と言うのでしょうか。昔よりも足腰は弱っておりましたが持病という持病は持っておりませんでしたから家族も驚いたほどで。お話しすると誰も驚かれるんですけど……」
徳田さんは気難しい人だったから、きっと本人が一番色々あったのだろうに穏やかに姑の話していた彼女は、思い出したように小さく笑った。
「あんな義母でしたから、きっといろんなとこでご迷惑をおかけしているんだろうと思っていたのですが、みなさん同じ反応なんですよ。あの徳田さんがって」
彼女の言葉に思わず店長と顔を見合わせてしまった。確かに、あのピリッと辛口の老婦人が亡くなったという事実に、不謹慎を承知で言うなら悲しいと言うより驚きの方が大きかった。
「家族にも厳しい人でしたし、謝るばっかりになるんじゃないかと思っていましたから」
「とんでもないです。確かに厳しい方ではありましたが、とてもきちんとなさっておいででした」
「そうなんですよね。他所様からお聞きする義母の話は、私どもの知っている顔も少しだけ知らない顔もあって、亡くなってからまた義母のことを知った気分です」
お世話をおかけしました、と最後まで丁寧に頭を下げて帰って行った。並んで見送っていた店長がぽつりとこぼした。
「もっと、ちゃんと徳田さまのお話を聞いてみればよかったな」
本当にそうだ、と思った俺は「そうですね」と頷いた。
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