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「すごい後悔ってわけじゃないないんだけど、やっぱり少しだけ悔いが残ると言うか。ちょっと気難しいひとだったから当たり障りのない会話しかしなかったなと思って」
客商売なのだから相手を不快にさせないようにするのは当然といえば当然なのだけれど、あの気難しい人がずっと通ってくれていたのだから少しは気に入ってたんじゃないかと思う。苦手意識を持たずに、もっと話をしてみればよかった。
「何もせず後悔するぐらいなら、やれるだけやってから後悔した方がいいかなと思ってさ」
「その気持ちは、分かります。俺もずっとそうだったから。だから俺も自分の気持ちをちゃんと言おうと思ったんです」
「うん」
「生まれて初めてした告白が、志波さんでよかったです」
「うん、こっちこそありがとう」
冷めるから食べようと、わざと明るく言って箸を取る。缶を合わせて乾杯して、大量の餃子に手を伸ばした。パリパリの皮とジューシーな肉汁がやたら美味かった。
「話してくれてありがとうございます。俺も色んなことを頑張れるだけ頑張ってみます」
「お互いね。俺もちゃんとするよ」
飲みすぎないようにするとかさ、と言いながらビールを飲み干して見せると、吉井君は屈託のない笑顔を見せた。
「それじゃあ、また」
「……おやすみなさい」
あれだけあった餃子もビールも空にすると、時刻は10時を過ぎていた。玄関まで見送りに出てくれた吉井君は、一瞬、何か言いたそうな顔をしたけれど結局言わなかった。気にはなったけれどタイミングを逃してしまい、なんとなく聞き返せずにドアを閉めた。
彼に気を取られていた俺は、だから部屋の前に誰かいることに全く気がついていなかった。
「隣にいたのかよ」
心臓が飛び出そうなくらい驚いた俺は、それが黒崎であることに気がつくまでかなり時間がかかった。
「……びっくり、した」
「仲良くやってんだなお隣くんと」
「そうだな」
暗闇から声をかけられて、まだ心臓がバクバクしていた俺は反射的に返事をしていた。それにむっとした顔をした黒崎は、俺の部屋のドアを背にしたまま立ち上がる。
「なんで電話出ないんだよ」
この間、タクシーの中で黒崎からの電話に気がついたけれど取らずに切った。その日から何度か着信があったけれど、どれも無視した。ちゃんとしようと思ったのは確かだったけれど、どうやって話したらいいのかまだ整理がついていなかったからだ。下手に会って話せばまた流される気がして怖かったのもある。特に夜は、絶対に会いたくなかった。
「ああ」
「ああ、じゃねえよ。無視するくらいなら言いたいこと言えよな」
「悪かったよ。ごめん」
「……別に謝って欲しいんじゃなくて」
黒崎はスーツ姿のままで、もしかしたら仕事の帰りにそのままうちに来たのかもしれない。なんの連絡もしないでとは思うが、電話に出なかったのは俺の方だから申し訳なさが勝っていた。
「今度ちゃんと話すから、今日は帰れ」
「は?ふざけんなよ。どんだけ待ったと思ってんだ」
「だから悪かったって」
「いいから入れろよ」
言葉を荒げる黒崎に慌てて背後を振り返った。夜遅いマンションに人影はないが、声が反響する。ここで言い争っているうちに誰かが顔を出したらと思うと焦りが募る。
「分かったから大声を出すなって」
「お前が電話も無視するし部屋にも入れてくれないからだろ」
「だからそれは……」
言いかけた言葉は、黒崎の口によって遮られた。キスをするときに髪に触るのはこいつの癖だ。大した時間だったわけでもないのに、懐かしい匂いに息が止まりそうになる。まるでセックスのようなそれを、いつのまにか黒崎のスーツを掴んだまま受け入れていた。
唐突に我に返ったのは、背後でドアが開く音がしたからだった。黒崎の体を押して振り返る。
「言い争う音がしたから、気になって」
半分だけ体を出した吉井君が、ドアに手をかけたままこっちを見ていた。背中を汗が伝って行く。
誰かに、吉井君には見られたくなかった。
震える手でポケットから鍵を取り出してドアを開ける。黒崎は俺が何か言う前に部屋の中に入って行った。俺もそれに続けて入ろうとして、ドアを閉める前に一瞬立ち止まる。
「ごめん……」
俺は一体何に謝ったんだろう。
あまりにも一瞬過ぎて、罪悪感にかられた俺の目には彼がどんな顔をしていたのかは分からなかった。
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