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目を覚まして俺が最初に思ったのは、最低なことをしてしまったと言うことだった。頭が割れるように痛いけれど、昨日の記憶は完全に残っている。情けなくて、知らない部屋の他人のベッドの上で起き上がった俺は項垂れた。
「……大丈夫ですか」
顔を上げると、コップを持ったお隣さんが部屋に入ってくるところだった。気遣われると余計に情けなくなって、相手が悪いはずもないのに言葉少なに頷いた。
「水、飲めますか」
「ありがとう」
気まずかったから、顔を見ないようにしながら水の入ったコップを受け取る。ひんやりと冷えた水に少しだけすっきりした。
昨日、自分と隣の部屋を間違えた俺は、ドアを開けたお隣さんに寄りかかるように倒れ込んで意識を失った。目が覚めて見知らぬ部屋に気がつくと、昨日の記憶が一気に蘇った。
「ありがとう、ございます」
飲み干したコップを手渡すと、もごもごと聞き取りにくい声で「いいえ」とか、多分そんなようなことを言った。
「すいませんでした、あのー……」
俺は名前を知らないことに気が付いて言いよどむ。不思議そうな顔をしていたお隣さんは、俺が言いよどんでいることを察したようで「吉井です」と名乗った。
「吉井さん、本当にすみませんでした」
「いえ、別に」
相変わらずぼそぼそと返したお隣さんからは、迷惑に思っているのか、事実なんとも思っていないのかは分からなかった。分厚い前髪に隠れて表情が読みにくい。
「あの、コーヒー」
「え?」
聞き返してもそれ以上の答えは返ってこなくて俺は困った。飲みますか、ということだろうか。
「い、いただきます……」
お隣さん――吉井さんは何も言わずに立ち上がると部屋を出て行った。間取りは同じのようだから、多分キッチンへ行ったんだろう。
彼はこの一晩、どこで寝たのだろうか。見回すと部屋の隅にブランケットが畳んであって、ソファもないこの部屋でもしかしたら床で寝たのかもしれないと思うと、罪悪感が増した。部屋の中にはベッドがある以外、テーブルと本が数冊たてられた小さなカラーボックスがあるくらいでずいぶんと閑散としている。
しばらくぼんやりと部屋を眺めていたけれど、ドアの開閉音で我に帰った。途端にコーヒーの香ばしい匂いが漂う。
「どうぞ」
吉井さんはコーヒーカップと湯呑をテーブルに置くと、そのうちのコーヒーカップを俺に勧めた。ようやくまだベッドにいることに気が付いて、慌ててテーブルの前に座った。
カップを手に取りながら、どうして俺はほとんど話したこともないお隣さんとモーニングコーヒーを飲んでいるのだろうと思った。断ればよかった、と思いながら一口。
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