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「この間はごめんな。変なところ見せて」
らしくない曇った笑顔を見せながら匠さんが言った。乗客のいなくなった駅舎はしんとして、事務所の方から小さくラジオの音が聞こえるだけだ。最近はこうして小さなベンチに座って話しながら、匠さんの笑顔を見るのが好きだったのに。――こんな顔は似合わない。
「奥さん……」
「元、な。別れたのはついひと月ほど前で」
「かわいい人だったね」
そうかな、と笑った匠さんは相変わらずの似合わない笑い顔。並んでいるとお似合いだった、とは言えなかった。
「どうして、別れたの」
「価値観の相違ってやつだよ。彼女もバリバリ仕事をしている人だったから生活もすれ違って……君がそんな顔するなよ」
優しい手が俺の髪をぐしゃぐしゃにして離れていく。それが今は切ない。切ないっていうのはこういうことをいうんだ。
「……今、でも、好きなんですか?」
「そうだなあ」
その答えに俺は驚くほど傷ついている。今まで出会ってきた女の子たちを、俺はそういうふうに傷つけてきたのかもしれない。ようやくそう思い至った。
「別れてすぐに好きじゃなくなるならどんなに楽だろうね」
好きな人が、自分じゃない誰かを好きなのは、とても辛いことだ。出会ってからぐんと近づいた気がしていたのに、急に匠さんが遠のいた気がした。
「どうしようもないけどな」
「……俺は今まで、恋人と別れてもすぐに別の女の子と付き合ってた。っていうか」
突然話しだした俺を、匠さんが不思議そうな顔で見る。この顔が、軽蔑を含んだものに変わるかもしれないと思うとすごく怖い。
「恋人がいるとかいないとか気にしてなくて」
「……そう」
「それって誰のことも好きじゃないのと同じだったんだって友達に言われて」
匠さんが、話の筋を読めずにいるのか困った顔で俺を見ている。
「それは最低なことで」
今までの自分のことを話すのは恥ずかしい。でもこれが恥ずかしいことだったと気がついたのは、
「匠さんのおかげなんです。最低なことだってわかったのは」
「俺の?」
「誰のことでも好きだって言えるのは、誰かを特別だと思ったことがないからだったんです」
きっと、今まで出会ってきた女の子たちの中には俺のことを特別だと思ってくれていた子がいて、少し違っていたら俺だって特別だと思えたかもしれなかったのに。どうしてもっと真剣に考えなかったんだろう。
「俺は匠さんを特別だと思ったんです。俺の、特別」
驚いた顔の中に蔑みとか拒絶を探すけれどよくわからなかった。
「それはどういう、」
「俺は」
ただ、拒絶されるのが怖くて、先に口を開いた。
「匠さんが好きです」
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