六駅目

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 電車から降りて改札までの道のりをゆっくりと歩く。ちょうど前を歩いていた大柄なサラリーマンの影に隠れながら、恐る恐る向こうの方を覗き込んだ。が、急に屈んだサラリーマンのせいで丸見えになってしまって、慌てて改札の方を見るとそこにいたのは父親ぐらいの歳の駅員だった。  ほっとしたような、がっかりしたような。俺はとぼとぼと改札を抜けた。 「今日は松島は休みだぞ」  俯いていた俺は、横から急に声をかけられて大げさなほど肩が震えた。気持ちで言えば飛び上がるほど驚いていた。俺は恐々と顔を向ける。 「そんなに怯えんでも」  最後の乗客が出ていった改札を閉めながら年かさの駅員が快活に笑う。俺はどうにかその場に踏みとどまった。 「お前さんあれだ。最近、松島避けてるんだろ」 「うん、はい……え?」  はっきりしねえなあと、その駅員さんはもう一度豪快に笑った。  勢いで告白して逃げるようにその場を後にした俺は、あの日から全力で匠さんを避けていた。電車に乗るときもなるべく最終電車を避け、乗客の多い時間を選んだ。そして、 「この前、松島から走って逃げただろう」 「うっ……」  そう、勤務は交代制なのだから毎日乗っていればいつかは匠さんのいるときに当たってしまう。一度、匠さんが改札にいるときに、どうしようもなくて俺は全速力で改札を駆け抜けた。 「何で、知って」 「そりゃお前、あんだけ全力疾走したら目立つだろ!」  そう言って、小さな駅舎が揺れるんじゃないかと思うような大きな声で笑う。 「そ、そうですか」 「大体お前はすでに俺たち駅員の間じゃ有名だったからな」 「ゆうめい」  話している間にも駅員さんはほうきとちりとりを持ってきて、駅舎の掃除をしている。匠さんよりもずっと大雑把なそれを、俺はぼうっとつっ立って見ていた。 「やたら松島に懐いてる変なやつがいるって」 「変なって……」 「わざわざ最終電車に乗ってきて、松島がいなかったらあからさまにしょんぼりして帰るし、いたらいたでしっぽ振って喜んで」 「し、しっぽ」 「おもしれえからお前、俺らはポチって呼んでんだよ」  本人を目の前にしてずけずけとそんなことを言う駅員さんに怯みながらも、気になって気になって仕方なかったことを聞いた。 「匠さんは……何か言って、ました、か」 「ん?」 「俺のこと」  告白してすぐに我に返って逃げ出した俺は匠さんがどんな顔をしていたのか知らない。知るのも怖い。でも、知りたい。そんな俺の不安なんて知る由もない駅員さんはあっけらかんと、 「何も言ってないぞ」  俺はがっくりと肩を落とした。  やっぱり匠さんにとっては俺なんてとるに足らない、ただの乗客の一人なんだろうか。俺が一方的に懐いてるだけで……。  あからさまにしゅんとした俺を気にしたふうもなく駅員さんが言った。 「お前さんなあ、あんまりあからさまに避けてやるなよ」 「……だって」  匠さんに避けられるぐらいなら、こっちから見ないフリをしたほうがいい。そう思ったって仕方ないじゃないか。 「お前が走って逃げるからさすがにショック受けてたぞ」 「ショック?」 「あれだ、漫画みたいな。がーんて顔してたぞ」 「がーん……」  まさか匠さんにそんな顔をさせていたなんて!  その事実にショックを受けて固まる俺の背中を駅員さんが勢いよく叩いた。 「あれだ!なんか知らんが仲直りしろよ。あいつも結構お前のこと気に入ってたみたいだし」 「匠さんが」 「お前さんが来たあとなんかいっつも嬉しそうな顔してたぞ。どんな話をしたとかなんとか聞かされて」  よっぽど気に入ってんだなと思ったよ。  駅員さんの言葉に顔が熱くなってきた。頬に触れた手が冷たくて気持ちいい。  どうしよう。  状況は何も変わっていないのに、会うのはまだ怖いままなのに。会いたくて会いたくて仕方ない。 「匠さん……」  小さく名前を口にしただけで、心臓がきゅう、と鳴った気がした。
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