91人が本棚に入れています
本棚に追加
七駅目
一度、外に出た俺はやっぱり戻って、でも中に入るのはためらわれて、こっそりと入口から駅舎の中を覗いた。
最後の乗客が出ていくと改札を閉める。それからいつものように駅の掃除をはじめた。手際よく丁寧に。この駅の駅員さんの中では一番丁寧。
「ふう」
そこまで見てから、覗いていた顔を引っ込める。
「どうしようかな……」
冷たい駅舎の壁に背を付けて一人ごとを呟く。大きく吐き出した息が、白く空気に溶けていった。
年かさの駅員さんに匠さんの話を聞いた俺は、とうとう会う決心をつけた。中途半端な告白をしてしまったから、ちゃんと伝えなきゃいけない。きっと困らせてしまっているだろうから。
思い切ってえいっと飛び乗った電車の中でも、ずっと緊張していた。混雑してぎゅうぎゅう詰めの車内も気にならないほどに。けれど直前に怖気づいた俺は、二つ開いている改札のうち思わず匠さんじゃないほうを、人混みに紛れてこそこそと抜けてしまった。
「どうしよう……」
決心はついたものの、なんて切り出すべきか分からない。この前の告白の件ですけど、とか?急がないと次の電車の時刻になってしまう。踏ん切りがつかなくてもう一回、中を覗く。
匠さんは真面目な顔で床を掃いていた。きちんと制服と制帽を身につけているのに少しだけ後ろの髪が跳ねている。真面目な顔をしているのに少しだけ抜けてるみたいで、でもやっぱり優しそうで……。
「かっこいいなあ」
「一人くん?」
そうっと覗いていたのに思わず呟いた俺のひとりごとに気付いた匠さんが顔を上げた。まだ全然、気持ちの整理ができていなかった俺はぎくしゃくと足を動かし、あたふたと匠さんの前に立った。
「久しぶりだね」
「おひ、さし、ぶりです」
「といってもたかだか一週間振りなんだけど。顔も見てたしな」
ちょっと話さなかっただけなのに、と苦笑いする匠さんに俺は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうした?」
俺は自分の恥ずかしいことを話してしまって顔を合わせづらかったから避けていたこと、走って逃げてしまったことを言い訳のようにぽつぽつと話した。それに匠さんが、今度はほっとしたように笑った。
「よかったよ」
「へ?」
「嫌われたかと思ってショックだったから」
「そんなわけない」
そんなわけがない。だって会わない間もずっと匠さんのことを考えていたし、走って逃げた時だって嫌われたらどうしようかと思うといても立ってもいられなくて。こうして話している今だってずっとドキドキしたまま。
「俺から嫌いになるなんて、そんなこと、あるわけないよ」
「そっか」
よかった、と笑う匠さんの表情に、言葉の優しさに、心臓がぎゅうっと絞られるようになって、この気持ちの全部を体の外に出さないと死んじゃうかもしれないと思った。
「どうした?」
覗き込んでくる匠さんを見て、やっぱりすごく好きだと思う。正や梅ちゃん、他の知り合いの女の子たちだって好きだけど、その誰とも違う特別。ただ口にするのは難しくて、今まで簡単に好きだと言っていた自分が信じられない。
でも言わなくちゃ。
最初のコメントを投稿しよう!