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「あの時、もっと彼女に優しくすればよかったと今でも思う。自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいでそんな余裕がなかったんだ。彼女の方がもっと辛かったはずなのに。君は俺を優しいと言うけれど、実際そんなことはなくて。俺は……」
「匠さんは、優しいです」
遮っていいのかわからなかったけれど、どうしても言わなければと思った。俺の知っている匠さんは。
「最初からずっと優しかった」
「君は、俺のことをよく知らないから」
「知ってます」
「だって俺は優しいだけの人間じゃない」
「それは知らない」
「だから、」
「だから俺は知りたいです」
優しいことは知っているから。その他の、優しくないところもいい加減なところも、好きなことも嫌いなこともあなたのことならなんでも。
「知りたいから教えてください」
向き合って何秒か、本当にちょっとの時間だけだったのかもしれないけれど。
「かなわないな」
匠さんはふっ、と肩の力を抜いた。ハンドルについていた肘を離して、シートに倒れる。
「本当はね、どうやって君の告白を断ろうかと考えていたんだ」
その言葉がぐさりと刺さる。
「君と話すのは楽しかったし、それにすごくいい子だ。でもやっぱり、俺も君も男だから。なんて言えば君を傷つけないで済むだろうと、嫌われたくないから。自分が悪者にならないように」
卑怯なことばっかり考えていた。そう言った匠さんは、すごく辛そうだった。もしかしたら、と俺は気付く。もしかしたら、俺に別れを告げた女の子たちもこうして辛い思いをしていたのかもしれない。自分から別れを切り出すことだけは避けていたけれど、その反対もまた辛いことだったのかもしれない。
そんなことをぼうっと考えていた俺を匠さんの声が呼び戻す。
「もっと言うなら、告白は断るけれど今まで通り話せたらいいのになんて。君を失いたくないなんてもっと卑怯なことを考えていたんだ」
匠さんが苦い顔をする。
それは卑怯なこと?どちらかと言うと、
「嬉しいけど?」
それは卑怯なのか俺には分からない。それでも話したいと思ってもらえたなら嬉しい気がするけど。
「君ってやつは本当に、」
運転席から長い腕が伸びてきて、首の後ろに回される。きょとんとしていてなすがままの俺は、やさしい力で引き寄せられた。
「本当にばかだなあ」
耳元でささやかれる。
「俺なんか本当に、つまらない男なのに」
状況についていけなかった俺は、今いる場所が匠さんの腕のなかだとようやく気が付く。この腕を振りほどくことも、かといってとどまることもできなくて、ただ目を白黒させるしかない。
ただ、どうしても言われたことを否定したくてまだ動揺したままの顔を上げた。
「匠さんはつまんなくなんかないよ」
そう言うと、やっと匠さんらしい顔で笑ってくれた。
「君は見る目がない」
「そうかなあ」
「そうだよ」
「恋は、もうもく?」
俺を困った顔で見つめる匠さんと至近距離で向き合う。そして恥ずかしいけれどなけなしの勇気を振り絞って、言った。
「匠さんが好きです」
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