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最終駅
「で?」
「で、お友達からになりました」
「なんじゃそら」
テーブルに置かれたチーズケーキは、甘いのが苦手な俺のための梅ちゃんお手製ケーキだ。甘さ控えめ、タルトの部分がさくさくで、俺の好みに合わせてくれている。その唯一食べられるケーキをおいしくいただいている俺の目の前で、正が煙を吐き出した。
「それは体のいい断りの文句じゃねえの?」
「俺も最初はそうかなあと思ったんだけどね。お試し期間的な感じなんだって」
「お試し期間?」
「恋人候補というか」
梅ちゃんが俺の前にミルクティを置きながら、首を傾げた。湯気の立つそれに口をつける。
「あのね、多分、好きなんだって」
「多分?」
「一人くんのことを?」
「うん」
「俺も君のことが好きだと思う。……多分だけど」
車の中、今思い出しても恥ずかしくなる至近距離での俺の告白に、匠さんは言った。
「多分?」
「君は本当にいい子だし好きだけど、こう恋愛として付き合えるかというと」
「いうと?」
「難しいというか」
「というか?」
「未知数というか……ほら君だって男と付き合ったことはないだろ?」
「うん」
今までたくさんの女の子と付き合ってきたけど、男と付き合ったことはない。考えたこともない。
「なんかこう、本当に大丈夫かなと思うじゃないか」
「大丈夫?」
「ほら、その付き合うってなると今までとは違うだろ?ただ話をするだけとは」
歯切れの悪い匠さんの言葉に、察し悪く首を傾げる。付き合うと今までと違うことってなんだろうと考えて、俺はようやく思い当たる。
「セックスとか?」
「まあ、そ、そういうことかな……。それって結構、重要な問題で……君だってなかなか難しいだろ?」
「できるよ?」
「え、できるの?」
想像してみても全く問題ない。やり方はよくわからないけど、多分問題はない。というか、
「俺は匠さんに触りたい。キスもしたいし、手もつなぎたい。いつもみたいに頭を撫でてほしいし、ぎゅうっとしてほしい」
そこに違和感はない。でも匠さんにしてみればやっぱり抵抗があるのかもしれない。
どうしたらいいのだろう、やっぱり付き合えないのかなあとうんうん唸っていると匠さんが言った。
「君には本当にかなわないな」
ふっと気の抜けたように笑う。
「君の言葉はいつもストレートで、どきっとさせられる」
「そうなの?」
「そうなんです。そこが君のいいところだね」
そうなのかな。そんなこと初めて言われた。というか褒められること自体があまりない。付き合ってた女の子にだって好きだとは言われてもここがいいとは言われたことがなかった。
「そういうところが好きだなあと思うけどやっぱりまだ覚悟ができなくて、そういう中途半端な気持ちでは付き合えない」
「俺は別にいいけど」
「だめだよ。君のことが大事だからだめ」
強い口調で言われて、そうか、誰でもいいわけじゃないから駄目なんだと気づく。
匠さんが真面目な顔で俺を見る。
「だからとりあえず」
「友達からってか」
「うん。もっとお互いのことを知ってからって。よく考えたら俺は駅の中の匠さんしか知らないし」
「いい人そうだね」
「うん。そしてかっこいい」
よかったねと笑う梅ちゃんに、うんと笑い返す。二人でにこにこしていると正が盛大にため息をついた。
「お前はそれでいいのかよ」
「それで?」
「そのビミョーな感じで」
「ビミョーかな」
「ビミョーだろ。だって結局、宙ぶらりんは変わんねえじゃねえか」
「そう?」
そうなのかなあと考えながら、チーズケーキを一口。甘酸っぱくておいしい。と、梅ちゃんが意地悪そうに笑って正を覗き込んだ。
「正はなんだかんだ言って一人くんが心配なんだよねー?」
「違うわばーか!」
乱暴にはき捨てて、煙草を灰皿に押しつける。それを笑って見ている梅ちゃんは優しい顔をしていて、やっぱりお似合いだなあと思った。
「俺は、」
言い掛けたとき、ポケットから着信音が鳴った。取り出して画面を確認すると、急いで立ち上がる。
「え、どこ行くの」
「お前、なんか言い掛けただろうが」
「用事あるから行くねー」
「いや言ってから行けよ」
「あ、梅ちゃんケーキ置いといてね。明日食べにくるから」
「うんいいよー」
俺はポケットにスマホを戻すと鞄に腕を通してあわてて玄関に向かう。
「つうかお前食い逃げかコラ」
「ごめんね!」
「今度から人の女に誕生日ケーキなんか作らせんじゃねーぞ!」
正の怒鳴る声を背中に聞きながら、俺は転がるようにマンションを飛び出した。
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