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「匠さん!」
駅舎に入ってすぐに改札口に匠さんが見えて、思わず叫んでしまった。ちょうど改札から出てきた高校生の女の子がこっちを振り返って少し恥ずかしくなる。とにかく落ち着こうと深呼吸すると、邪魔にならないようにいつも匠さんがきれいにしているベンチに座った。
最後の客を通して改札をしめると、眉の下がった困った顔でこっちを見た。
「なんか、まじまじと見られてると恥ずかしいんだけど」
俺の前に立った匠さんは少し照れたような顔をして自分の鼻を触る。癖なのかもしれない。
「だって制服の匠さんかっこいいから」
背筋の伸びたぱりっとした制服の匠さんはかっこいい。駅員さんの中で一番似合っていると思う。そんなことを言えば髪をくしゃくしゃにされた。
「もう少ししたらあがれるから待っててくれるか?」
「うん」
事務所に入っていく匠さんを見ながら、待てをされた犬みたいにベンチに座っておとなしく待つ。ガラス張りのカウンター越しに事務所の中できびきび動く匠さんを見ていると時々目が合って、そのたびにどきどきした。
「お、ポチじゃねえか」
早く出てこないかなとドアを睨んでいると、匠さんではなくいつかの年かさの駅員さんがほうきを持って出てきた。仲直りしたのかと聞かれて元気よく頷くと、よかったなぁと大声で笑われた。
「それでか、松島が元気になったのは」
「本当?」
「ああ、今日もそわそわしてたしな」
仕事中も時計ばっかり見てるから怒鳴ってやった、と言ってまた笑った。嬉しくて一緒になってにこにこしていると、私服に着替えた匠さんが戻ってきた。よく考えたら制服じゃない匠さんは初めてだ。そんな初めてのこと一つ一つが嬉しい。
「ごめん、待たせた……って、いつの間に仲良くなってたんですか岩崎さん」
匠さんが、俺と年かさの駅員さん――岩崎さんというらしい――を不思議そうに見比べる。
「別にいいじゃねえか。自分以外にポチが懐いたからって怒るなよ」
「岩崎さん!そんなこと言ってないですから。っていうか本人目の前にして何言ってるんですか!」
だって犬ころみたいだろ、と笑って駅のホームに出ていった駅員さんを見送って、匠さんはため息をついた。
「ごめんな失礼なことばっか言って。悪い人じゃないんだけど……」
謝りながらも先輩のフォローを入れる匠さんは、やっぱり優しいなあと思う。
「気にしてないよ。俺も自分でも犬みたいだと思うし」
「君なあ……」
「匠さんの飼い犬にならなりたい」
毎日頭を撫でてもらって一緒にいられるならそれもいいなあと、俺はそんなふうに口にする。
「……それじゃあ恋人にはなれないだろう」
驚いて振り向くと、匠さんが足早に駅舎を出ていった。一瞬見えた匠さんの顔が赤くなっていたのが嬉しくて、本当に犬になったみたいに走って追い掛けた。
「犬にはなりたくない」
「ふうん、そう」
「うん、ならない」
隣に並んで自分より少し背の高い匠さんを見る。ずっと見てても飽きないなあと思っていると、それにしても、と匠さんが口を開いた。
「せっかく誕生日なのにファミレスでごめんな」
恋人候補に格上げになってからすぐ、実は数日後に誕生日だと話したら、匠さんがお祝いをしてくれることになった。
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