残された言葉

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残された言葉

一方、父はソ連が崩壊し、KGBの追跡を振り切ったと安心していたのだが、最近になって、SVR(ロシア対外情報庁) の諜報部員と名乗る男から連絡が入り、逃亡する余裕もなく撃たれたというのだ。 もう一つ、驚くべき事実。 家庭教師だったポールは、私の実の兄だという。 ポール自身、そのことは知らないという。 万が一、私の母に再会しても、そのことは永遠に秘密にするようにという。 KGBの諜報部員だった頃、父は2年程、ニューヨークタイムズの記者として働いていたという。 その間に知り合った、ニューヨーク大学で情報工学の研究をしていた女性との間にポールが生まれた。 モロッコ逃亡後、父は大学に問い合わせ、彼女が教授になっていることを知った。 まさにポールの年齢と同じ19年ぶりに彼女と連絡をとった父に、彼女はすがるように依頼した。 「ポールは高校を卒業したけれど、大学にも入らず、仕事も探さず、24時間部屋に引きこもってPCと向き合っている。私が何を言っても聞く耳を持たない。何を考えているかわからない。このままだと私がノイローゼになってしまう。お願いだからポールを引き取ってほしい。」 父はポールに、こう持ち掛けた。 「私は、君のお母さんの昔の友だちだ。君が非常に優秀で、特にPCに対する情熱を持っていると聞いた。給料は君の望みの額を支払う。私の息子に君の知識を分けてもらいたいんだ。ただし君の家から通ってもらう訳にはいかない。飛行機で何時間もかかるからね。」 ポールがなぜ、その気になってモロッコまで来たのかはわからない。
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