22歳

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 急に大きな声を出されて僕は怯んだ。健人はいつも一緒にいる友人たちのグループの中ではまとめ役で、いつも周りを俯瞰して見ているような、冷静さを持っていた。大声で怒鳴るところなんて、見たことがなかった。 「俺だって別れたくねえよ!でもお前はっ……結局俺のことを本当に好きにはならなかった。いっつも俺は誰かと比べられてた。お前は無意識だったろうけど、見も知らない誰かと、手とか足とか体のパーツを、仕草を、話し方を、比べられて、思い知らされてた。俺じゃダメなんだって」  一息に言って、吐き出す。僕の知らない健人を見ている。 「俺はこれからもずっとそうやって比べられてかなきゃなんねえの?……冗談じゃない」 「そんなこと、ない」  外は暗くなり始めていた。 「お互いもうやめにしようぜ。俺はお前のことを嫌いになりたくないんだ」  ベッドの傍に膝を付いていた健人が立ち上がった。コートを羽織りマフラーを巻く。カバンを肩に掛けて僕を見た。 「ちゃんと良くなるまで寝てろよ。そんで明日まだ体調悪かったら病院行け」 「健人」 「なあ大河。いっそ諦めないっていう手もあるかもよ」 「健人」 「鍵はここに置いていくから。それじゃあ」  さようなら。  健人と僕は、趣味や嗜好が全然合わなかった。好きな食べ物も、音楽も、服も、スポーツもなんだってそうだった。それでも一緒にいられたのは、健人が僕に合わせてくれていたからだ。健人が、一緒にいようとしてくれていたからだった。  テーブルにポツンと置かれた鍵が物悲しく残っている。健人と付き合い始めてしばらくした頃にも高熱を出したことがあって、心配した健人がずっとつきっきりでそばにいてくれた。その時に合鍵を渡したのだ。あの時の少し照れた顔を、今さらのように思い出す。 「なんでダメなんだよっ」  健人は、僕を大事にしてくれていた。僕だって健人を大切にしていた。僕が誠二君を好きだと知っていても僕を受け容れてくれた健人を、本当に大切にしていたのに。  ドアの閉まる音が遠くに聞こえる。  ああ、本当に行ってしまった。 「なんで誠二君じゃないとダメなんだよ……」  中学三年の冬に告白して、振られた。それからずっと諦める努力をしてきた。他の人と付き合って、物理的に距離を置いて。それでも僕は誠二君を好きなのだと健人は言う。 「このまま一生、そうなのかなあ」  健人は、諦めないという道もあると言ったけれど、どうにもならない人を追いかけ続けるのは、あまりにも辛すぎる。  それならば。 「もう一度」  めまいがして、ゆっくりとベッドに体を倒し目を閉じる。 「振られてみようか」  諦められないというのなら、今度こそ徹底的に。そうして振られたら次は追いかけるのでも逃げるのでもなく、誠二君のことが過去になるまで、誰かを自然と好きだと思えるまで待とう。静かに、静かに、春を待つように。  そして次の春、僕は住み慣れた町へ帰ってきた。
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