15歳

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「どこ受けるんだっけ」 「東高」 「なんだ母校じゃないか。後輩になるわけだ」 「でも受かる気しないんだよなあ。進路変えようかな、とかね」  ここに通うようになって飲めるようになったブラックコーヒーをちびちびと飲みながら、ため息をついた。 「他は大丈夫なんでしょ?」 「うん、そこそこいける感じ。でも数学はほんっとに壊滅的だからさ。無理かも的な」 「教えようか?」 「へ?」  僕は予想していなかった答えに間抜けな返事をした。 「平日は難しいけど休みの日なら問題はないし、部活も終わってるんでしょ?」 「うんとっくに。でも」 「まあもちろん大河がよければだけど」  僕は慌ててテーブルに手をつくと、勢いよく首を振った。 「いや俺は全っ然、いいんだけどさ!でもほら、仕事で疲れてんのに、悪いなーとか」 「いいよ別に」 「でも、用事とか」  僕はその申し出に戸惑っていた。もちろん教えてくれるのなら喜んで教えてもらいたい。夏休みに友達と夏期講習に行っていたけれど、あまり身が入らなくてつくづく向いていないと悟った。かといって自分だけで勉強するにも限界がある。実は誠二君に教えてもらうこともちらと考えたことはあるのだけれど、早々にその考えは捨てていた。さすがに働き始めてからは気軽に遊びに行くことは憚られたし、何よりも。  彼女とデートとか行くんじゃないの? 「まあ気が向いたらでいいし。俺も久しぶりで教えられるかわかんないから」 「いいんなら!」  突然声を張り上げた僕に、誠二君は驚いた顔をした。 「いいならぜひ、お願いします」  テーブルに手をついて頭を下げる。頭にくしゃくしゃっと手が乗った。顔を上げると誠二くんが笑っていた。自分でも引くぐらい必死で、やっぱり格好なんてつかない。 「じゃあまあ、ぼちぼちよろしく」  心臓が、ぎゅうっとなった気がした。  母に、誠二君に勉強を教わることにしたと言ったら、じゃあ家に呼びなさいと言われた。僕はその時、残念なようなほっとしたような微妙な気持ちになった。  それから毎週、日曜日に誠二くんが家に来るようになった。お昼に来て一緒にご飯を食べてから夕方まで勉強をした。たんに勉強を教わっただけではなく、自分が受験生だった時の勉強の仕方とか、使っていた参考書とか、母校のことだとか、いろんな話をした。夕飯は頑なに固辞してしたけれど、母と妹の押しの強さに負けて、結局毎回一緒に食べた。  多分にそのおかげで、僕の成績は合格圏内まで引き上げられた。今思っても誠二君様々だ。 「今日は寒かったね」 「歩いてきたん?」 「車ってほどの距離じゃないしね。それに冬はただでさえ運動不足気味だから」 「俺もー。部活辞めてからすげえ体動かしたくて仕方ない」 「高校受かったら思うぞんぶんやりなさい。この前のテストは返ってきた?」 「じゃーん」  もう間もなく高校入試という頃、誠二君の家庭教師はまだ続いていた。冬の間は僕の部屋の小さなコタツに入って勉強した。  毎週必ずというわけにはいかなかったけれど、それでもかなりの頻度でやって来る誠二君に最初こそ気を使っていたが、やがてそれもなくなった。彼女に会ったりしないのだろうかと思ったけれど、誠二君自身なにも言わなかったし、僕も聞きたくはなかった。それでも、僕が苦い失恋に泣いたあの彼女とはいずれ結婚するだろうと父と母が話しているのを平静に聞き流せるほどには、僕は大人になっていた。
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