15歳

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「これなら東高もいけるんじゃないの」 「うん。担任にも言われた。油断しなけりゃオッケー」 「大河は爪が甘いからなあ」 「ほっといてよ」  勉強に飽いた僕はコタツに入ったままカーペットの上に伸びた。テーブルの上ではトントンという音が聞こえる。きっと僕が散らかしたノートやら教科書やらを片付けてくれているのだろうと想像した。 「受験が終わったら家庭教師も終わりかな」  その心地いい音を聞きながらコタツの暖かさにうとうとと目を閉じていた僕は、がばりと体を起こした。 「おしまい?」 「とりあえずは高校受験が目標だったからね」 「まあそうだけど……つうかもっと家に来ればいいのに。ほら母さんも海も喜ぶから」  実際、誠二君が来る時には母はおかずを一品多く作ったし、妹の海も基本的に僕ら兄妹は誠二君に遊んでもらっていたから、一緒の食事を楽しみにしていた。父だって晩酌の相手ができて嬉しそうだったし。なんてもっともらしく言っても、本当は僕がこの時間を手放すのが名残惜しかっただけだった。こんなに一緒の時間を過ごすのは小さい頃以来だったから。 「タダ飯を食べに来るわけにはいかないよ」 「別にいいのに」  今さら、我が家の誰も誠二君を他人だとは思っていない。そのぐらいの年月が過ぎていた。僕の子供の頃を誠二君が知っているように、僕の家族だって誠二君が子供の頃から知っているのだ。 「それに、ほら、結婚?とかしたらそれこそ遊びに来れなくなるじゃん」  僕はその時、僕のできる最大の背伸びをして言った。顔は見れなかったけれど声は何気ないふうを装えたと思うし、ダメージにも十分に備えて「よし来い」という気持ちだった。だから誠二君が「そうだね」と言った時もなんとかやり過ごせたのだ。 「でも、しばらくそういう予定はないから」 「え、彼女は?」 「いないよ」 「でもあの時の」  思わず口にした僕を、誠二君が不思議そうに見ていた。僕は慌てて言い直す。 「ほら、付き合ってる彼女がいるって母さんが、言ってたから。しかも結構長いとかなんとか」 「ああ……彼女とは別れたんだ」  耳を疑った。誠二君は僕とは目を合わせずに、今までで一番点数のよかった数学の答案用紙を見ていた。僕は落ち着きを失くす。 「だって、結婚するんじゃないかって」 「ああ、うん。そうだね。でも別れちゃった。いろいろあってね」  僕はその時もまだ、誠二君のことが好きだった。幼かった頃のような純粋さはもうなかったけれど、どうしても誠二君以外の誰かを見ることができなかった。しかも最初に好きになったのが男だったから、僕は恋愛対象を男にすればいいのか女にすればいいのか、そんなことも分からないぐらいの恋愛音痴になってしまっていた。そのくせ目の前の誰かと誠二君を比べては、自分の気持ちを確認してしまう。  だから僕は、一つの逃げ道を作ったのだ。 「なんで」 「なんでだろうね」 「だってもう長いこと付き合ってるって」 「そうなんだけど」  誠二君は、もう十分にきれいに片付いたテーブルの上のノートやペンをあっちにやったりこっちにやったりしている。
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