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昼休みに友達の彼女が声を掛けてきたのは、誠二君のお母さんの七回忌から数ヶ月ほど経ったあとのことだった。クラスメイトと昼ご飯を食べていた僕の前に立った彼女は、顔をこわばらせていた。
「真美ちゃん、どしたんだよ」
ここでは話せないと連れてこられた空き教室で僕と彼女は向き合った。彼女が付き合っている卓也とは同じ部活で、仲も良かった。それもあって、卓也や依莉と一緒に彼女とも何度も遊んでいる。その、いつもはカラカラと明るい彼女は沈んだ表情をしていた。
「卓也が浮気してる」
「卓也が?ありえねえよ。なんか証拠でもあんの」
「メール見た」
「人の携帯勝手に見るとか」
「依莉だよ」
僕は何を言っているのかわからなくて、彼女の顔を見返した。卓也とは高校に入ってからの関係だけれど、最も親しい友人の一人だった。クラスこそ同じになったことはないけれど、試合では一緒に泣いたり笑ったりした仲だ。
「どういう」
「だから、卓也と依莉が浮気してるって言ってんの!」
張り詰めていた緊張がぷつりと切れたのか、彼女はそのまましゃがみ込んで泣き始めた。
「なんだよ、それ……」
僕はといえば、そう呟いたっきりただ泣き崩れる彼女を前にして、呆然と立ち尽くすしかなかった。
その後、なかなか泣き止まない彼女を放って置くわけにもいかず、僕は授業をさぼった。後にも先にも僕が授業をさぼったのはその時だけだ。彼女を椅子に座らせて自分もその横に落ち着くと、先生になんて言い訳をしたらいいんだろうとそんなことばかり考えていた。
ようやく落ち着いた彼女を教室まで送ると、僕も自分の教室に戻った。クラスメイトにどこへ行っていたのかと尋ねられたけれど、なんと答えたのかは覚えていない。結局授業もまともに頭には入って来なくて、こっそりと依莉にメールを送った。
「なに?どしたの?」
部活は?と聞かれて僕は、うんいいんだと適当に答えた。依莉の様子には変わったところがなくて、僕はまだ信じられずにいた。二人が裏切っているなんて思いたくなかった。けれど、僕が彼女から聞いた話をすると依莉の表情はみるみる青ざめて、ああこれは本当なんだとわかった。
「なに、言って」
「なんでよりによって卓也なんだよ」
「だから」
「真美ちゃんはお前の親友だろ?その彼氏と浮気ってどういう神経だよ」
そもそも僕と依莉が出会ったのは、卓也の彼女である真美ちゃんと依莉が友達だったからだ。卓也に呼ばれた合コンで、僕は依莉と出会った。
「マジでねえわ」
僕がため息をつくと、それまで青ざめていた依莉はキっと僕を睨んだ。
「だって、卓也くん優しいんだもん」
「は?そんなん理由になるかよ」
「大河が約束破ったときだって、あたしの愚痴聞いてくれた。いっつもあたしの話を聞いてくれたのは卓也くんだった!」
「だからって……親友の彼氏と浮気なんて普通しないだろ!」
「真美が、なんか元カレのことで揉めてたらしくって、悩んでたの。だからっ……」
僕は卓也がそんなことで悩んでいたことを知らなかった。そのことも腹立たしかった。
「なんだよ、それ」
「大河はいっつもあたしのことほったらかしじゃん!約束したって部活とか友だちの方を優先して、そんなのおかしいよ」
「先の約束の方が優先するのは当然だろ!」
「でもあたしは大河の彼女だもん!」
涙目の彼女は僕を睨みつけた。
「大河がバスケやってるの見るのが好きだったから、部活で一緒に帰れなくても我慢した。試合も見に行った。友だちを大事にしてるのも知ってるから無理やり割り込んだりしなかった。じゃあ、あたしは?あたしのことはいつ選んでくれるの?」
詰問されて、僕は言葉に詰まった。確かに依莉は文句を言っても、最後には僕の選択を優先してくれた。依莉がわがままを言って困ったことはなかった。
「あたしばっかり我慢しないといけないの?そんなんで付き合ってるって言える?大河は」
本当にあたしのことが好きなの?
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