22歳

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22歳

 見上げるとひらひらと雪が落ちてきた。手を伸ばしてそのひとひらを掬うとそれは、手のひらですうと溶けた。 「大河、待たせた」  声に顔を上げると、駅の出口から健人(けんと)が出てくるところだった。僕はそれに手を上げて返す。 「おっせーよ」 「ごめんて。電車が人身事故で動かなかったんだ」 「マジで?」  クリスマスに賑わう街中は浮き足立っている。大きな荷物を抱えた親子連れも、綺麗に髪を巻いた女の子も、友人同士ではしゃぐ学生も一様に楽しげだった。 「コンビニでビール買って行こうぜ」 「オッケー」  びゅうと吹く風に首を縮めながら、僕たち二人はいつものコンビニエンスストアへの道を辿る。  僕はぎりぎりながらも単位を落とすことなく、それなりに楽しく大学生活を送った。親からの仕送りがあったから、バイトを掛け持ちするほどでもなく今思っても呑気な学生時代だったと思う。そうしてあっという間に月日は過ぎ去り、卒論と就職活動に追われながらもどうにかその両方に目処がついた。  僕はこの四年の間に二人と交際をした。  一人はラーメン屋でバイトをしていたときに出会った女の子で、いわゆるバイト仲間だった。大学は違うけれど同じ歳で、かわいいわけじゃないけれどかわいくないというほどでもない、気の合う女の子だった。一年ほど付き合ってから彼女とはなんとなくすれ違いが多くなって、最後は自然消滅だった。そしてもう一人が、同じ大学に通う健人だった。 「今日は、やめとく」 「なんで?」  シャツに差し込まれた手をさりげなく掴んで抜く。体を離すと、健人が不服そうな顔をしていた。お互いの家に泊まるときは大抵そういう時だったので、多分そのつもりだったのだろう。普段なら僕もそうだった。 「俺は別に上でも下でもどっちでもいいけど」 「マジで体調が悪いんだって」 「風邪?」 「そうっぽい」  実際、熱こそなかったけれど倦怠感が酷くてなんとなく怠かったのだ。健人は心配そうな顔で俺から離れた。 「じゃあ酒もやめといた方がいいんじゃないのか?」 「ちょっとにしとく。飲んだ方がすぐ寝れるから」  缶ビールを手渡すと、クリスマスでいっぱいだったファストフード店で買った骨つきのフライドチキンを肴に乾杯をした。  健人と付き合い出したのは前の彼女と別れてしばらくした頃だったから、大学二年の時だ。それまではただの友達だった彼に、泣き上戸らしい僕が彼女と別れたことをくどいていたら健人は言った。 『じゃあ俺と付き合わない?』  正直に言えば、かなり驚いた。今まで普通に友達だと思っていた健人が、自分をそういう目で見ていたのだと知ったからだ。 『まだ忘れてないんだろ、初恋の人』  健人には、誠二君のことを話したことがあった。子供の頃から知っている人で、ずいぶん歳上で、男だということも。健人は、自分は性別があまり関係がないバイセクシャルなのだと言った。 『男とは付き合ったことがないんだろ?もしかしたら忘れられるかもしれないじゃん』  僕は彼の言い分に一理あると思い、流されるように健人と付き合うことにした。前の彼女の時は、どこか心の奥底で罪悪感があったけれど健人には何もかも話してあったから、正直でいられたし気を張る必要もなかった。そもそも趣味も嗜好も全然合わないのに僕らは友人であって、なぜか気が合っていたのだ。健人の隣は居心地がよかった。
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