22歳

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 健人が手を伸ばして額に触れる。少し冷えた彼の体温は僕にはちょうどよかった。 「熱は、ないな」 「ちょっとだるいだけ」 「風邪ひいた時に飲むと吐くぞ」 「一本にしとく」 「一口にしとけバカ」  口を付けただけの缶ビールを取られると、ウーロン茶のペットボトルを渡される。こうなると心配性の健人は引かないから、大人しくしておいた。 「そういえば、柿崎、就職決まったらしいな」 「やっとか」 「これで周りのやつはほとんど決まったな」 「……そうだな」  健人が目をすくめて僕を見た。健人にはそういうところがあってそんな時、僕は常に見透かされているような気持ちがした。 「お前は、」 「ん?」 「……いや、お前んとこの会社の研修っていつから?」 「4月入ってから。そっちは?」 「俺んとこは4月前からなんだよなあ。やだな」 「健人は隠してるだけで、緊張しいだからな」 「うっせ」  拗ねたように口を尖らせる健人が、僕は好きだった。どちらかといえばしっかり者で、グループのまとめ役のような彼が、僕にだけは子供っぽい素の表情を見せてくれるのが嬉しかったのだ。 「スーツとか買いに行かないとな」 「何枚ぐらい持ってりゃいいのかね」 「なあ」 「ん?」 「大河」 「なんだよ」  何度も呼ぶのが彼らしくなくて僕は笑いながら健人を見た。テレビから視線を移した先にいた健人は、思いがけず真面目な顔で僕を見ていた。 「お前、こっちに残るんだよな?」  いつもの見透かすような目が怖くて僕は視線を逸らす。テレビの中でもクリスマスだと芸能人が騒いでいる。 「何言ってんの」 「目をそらすなよ」 「なに急に真面目になってんだ。今日はクリスマスだぞ」 「いいからこっちを見ろ」 「ほら見ろよあれ、お前の好きななんとかって芸人」  僕が指差した先でテレビが消える。部屋が途端に静かになった。隣の部屋も大学生で、集まってパーティでもしているのかやけに賑やかだった。 「お前は何かあるとすぐに逃げる」 「そんなことない」 「お前が地元を出てこっちに出てきたのは、初恋の男から逃げ出すためだったよな」  僕は反射的に健人を睨んだ。しかし気負いのない目に真っ直ぐに見返されて怯む。それでもなんとか堪えた。 「忘れられないから、離れたんだろ」 「そんなことない」 「別にいいんだよそれは。俺だって忘れるために俺と付き合えなんて言ったぐらいだし」 「別に、それだけが理由で付き合ったわけじゃ」 「お前は俺のことが好きだよ。お前は好きでもないやつと付き合えるようなやつじゃない」  そうなのだろうかと、僕は昔付き合った女の子のことを思う。依莉とのことは、今思い出しても苦いものが込み上げてくる。結局、別れを切り出されてすぐに依莉とは終わった。仲が良かったはずの卓也とは気まずくなって、雰囲気を悪くするのも嫌だったから僕は部活を辞めた。僕の方が辞めたのは、単純に僕よりも卓也の方がバスケがうまかったからだ。チームのことを思えば僕が辞めるのが適当だった。そのあと卓也と依莉がどうなったのかは知らない。知りたくもなかった。
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