3歳

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3歳

 僕が初めて誠二くんと出会ったのはまだ言葉も覚束ない、むしろ人間の機能としての二足歩行すらやっとだった幼児の時だ。正確に言うなら3歳で、まだ愛を語るどころか自己紹介ができれば及第点というような小さな動物だった頃だ。 「はじめまして、誠二です。大河くんはいくつかな?」  彼の母親と一緒にうちにやって来た誠二くんはその当時まだ中学生になったばかりで、その時も学ランを着ていた。髪は元々色素が薄いから茶色の猫っ毛。しゃがんで僕を覗き込んだ目の色も髪と同じ色。これはもちろん今も変わっていない。まだ幼さの残る顔立ちと、大人になり切る前の声。その時のことを僕は昨日のことのように覚えていて、今でも微細にわたって再構成することができる。その日の天気とか、玄関に飾ってあった花だとか、記憶力の悪い僕がただ一つ鮮明に記憶しているのは、誠二くんのことだけだ。その時履いていたスニーカーの色だって覚えている。誠二くんのことだったら、あまり優秀とは言えない僕の脳みそはワーカホリックなぐらいによく働いてくれた。そしてそれは、出会った時にはすでに誠二くんが特別だったことを示している。 「さんさい」 「そっか。俺は13歳で君よりずいぶん歳上だけど、仲良くしてね」  にこっと笑った誠二くんは目線を合わせたまま、なぜか手を差し出した。大人っていうのはみんな頭を撫でたがるからてっきりそうするものだと思っていた僕は、不意をつかれて固まってしまった。そんな僕に、誠二君は人懐こそうな顔のまま言った。 「大河くん、手を出してごらん」  僕は何をするのかわからなくて少しだけ母の顔を見たけれど、結局戸惑いながら手を前に出した。彼の差し出した手との対比で、自分の手はとても小さかった。勿論、今の僕に比べればまだまだ華奢な手だったけれど。  僕がおずおずと差し出した手を、誠二くんは優しい力で握った。 「よろしくね」  握手してもらってよかったわね、と言った母の言葉を聞いて、僕はこれが「あくしゅ」というのだと知った。  これはもう少し大きくなってから知ったことだが、この日誠二くんと彼の母親は、この町に引っ越してきたところだった。当時、僕の住んでいたマンションの隣の部屋は、少し前まで冴えない中年の男が一人で住んでいて、僕はその陰気臭い隣人が嫌いだった。子供が嫌いらしく、顔を合わせるたびに舌打ちするからとても怖かった覚えがある。けれどいつの間にか男は消えていて、その後に誠二くんと母親が越してきた。  僕はそれがとても嬉しかった。 「うん!」  元気よく頷くと、誠二くんはにっこりと笑い返してくれた。
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