22歳

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 もしも依莉の話をちゃんと聞いてあげていたなら今でも付き合っていたかもしれないし、少なくとも卓也とは友達のままでいられたかもしれない。もしも、なんて考えたところで意味がないことはわかっていたけれど。 「覚えてないかもしれないけど。お前が皐ちゃんと別れたときにさ、飲みに行ったらお前めちゃくちゃ酔っ払って。あの時お前は、好きなのにって何回も言ってた」  あの時はずいぶん酔っていたし、何よりそのあと健人に告白されたことでそれ以外の記憶がほとんど飛んでいた。自分がそんなことを言っていたなんて思いもしなかった。 「お前は、その初めて付き合った彼女も、皐ちゃんも、そんで俺のことも好きなんだと思う」 「当たり前だ。そうじゃなきゃ、」 「ただ」  少し間が空いた。健人が自嘲気味に笑う。その時の健人の気持ちは、僕には分からなかった。 「ただ俺たちよりも、好きな人がいただけだ」  それでも、健人にそんなことを言わせてしまったことを、僕は今でも後悔している。 「お前はどうするの」 「どうするって……」 「迷ってんじゃないのか」 「俺は、こっちで就職する」 「本当に?」  健人が僕を見ていた。見透かすように、見ないように目をそらし続けていた僕自身を暴くように。 「もちろん、俺はお前に残って欲しい。別れたくないし、これからもそばにいたい。でも俺もそろそろ限界なんだ」 「限界?」 「限界だよ。俺は俺を一番好きじゃないやつと付き合えるほど寛大じゃないってことだ。お前が好きな人いるのを知ってて忘れられるかもなんて言ったくせに、今さらこんなこと言うのも卑怯かもしれないけど」  卑怯なはずがない。誰だって好きな人の一番でありたいはずで、それは普通のことだと思う。 「お前はこっちに残るんだよな?」 「うん」 「それは俺が好きだからか?それとも」  その男から逃げるためか?  隣の部屋がうるさい。早く答えなければならないことは分かっている。お前が好きだからだと言って、健人を安心させるべきだと。それなのに言葉はひとつも出てこなかった。  沈黙が息苦しい。 「帰るわ」  放ってあったコートを着て、健人が立ち上がる。僕ははっとして見上げた。 「待てよ」 「酒は冷蔵庫入れておくけど今日は飲むなよ。あと明日も体調悪いようならバイトは行かないように」  早口でそれだけ言うと大股で玄関まで歩いていく。僕はそれを必死で追いかけた。ぼうっとして足元がふらつく。ドアに手を掛けた健人が振り返る。 「健人、」 「あったかくして寝ろよ」  がちゃんとドアが閉まった。しばらく玄関で呆然としていたら、素足の指先から悪寒がかけ上がる。めまいがひどくなる。本格的に風邪をひいたのかもしれない。 「健人……」  急激に怠さを増した体を引きずって、なんとかベッドに転がる。ぼんやりとして思考が定まらない。何から考えなければならないのか分からない。健人に謝らなければ……。 「何を」  何を言わなければならなかったのか。どうしたらいいのか。 「分からない……」  そのまま意識が遠のいた。
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