23歳

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「大河?」  久しぶりに見る誠二君は、記憶の中の彼よりも少しやせていた。身長差で見上げてくる彼は年相応に穏やかで、ゆったりとした春のセーターが落ち着いて見える。たった4年離れていただけなのに、懐かしい気がした。 「本当に久しぶりだな。高校生の時以来だから、もう4年も経つのか」 「うん」 「就職は決まったんだろ?おばさんから聞いた」 「だから、これ。おすそ分け」 「もしかして赤飯?」 「もしかしなくてもそう。恥ずかしいからいいって言ってんのに」 「まあまあ。おばさんも嬉しいんだよ。上がっていく?」  おかしそうに笑う誠二君につられて肩の力が少し抜ける。誠二君の笑顔には昔からそういう力があった。  もう一度告白してきっぱりと振られるつもりではいたけれど、どんなタイミングでいけばいいのかわからなくて、帰ってきてからも忙しいのを言い訳にずるずると先伸ばしにしていた。だから偶然とはいえ今日ここに来たのも何かの縁と、僕は覚悟を決めてきていた。ただなんと切り出したものか分からなくてぐずぐずしていた僕は、密かに気合を入れて部屋に上がった。 「会社はどう?」  誠二君は僕を部屋に通したあと、渡した赤飯を持って部屋を出て行った。なんとなく落ち着かない気持ちで待っているとコーヒーの入ったマグカップを二つ持って戻ってきた。 「まあ、始まったばっかだし。今は研修漬けの毎日です」 「そういえばそうだったなあ。懐かしい」 「同期のやつと毎日愚痴ってる感じ」 「同期は大事にした方がいいよ」  一番最後にこの部屋に入ったのはいつだっただろう。その時と変わっているのかどうかはわからない。けれどこの部屋に満ちた匂いだけは懐かしく感じた。 「辞めたやつもいるけど、部署はバラバラになっても未だに同期のやつらと飲みに行ったりするしね」 「へえ」 「上にも下にも言えないことを言えるのはやっぱそいつらだけだし」 「肝に銘じとく」  振られるつもりで来たのにこうやって話していると、まるで昔に戻ったような気がしてこのままでもいいんじゃないかと思えてくる。 「よくこっちに帰ってくる気になったなあ。向こうの方が楽しいだろうに」 「うん、どうだろ。でも友達はこっちの方が多いし」 「向こうでも友達できただろ?」 「うん……そう」  言われて一番最初に思い浮かぶのはやっぱり健人で、彼は僕にとって恋人であると同時に一番仲のいい友人でもあった。決して嫌いになって別れたわけじゃない。健人にしてみれば勝手なことをと思うかもしれないが、やっぱり僕は健人のことが好きだったし会えないのは寂しかった。  健人に最後に会ったのは、大学の卒業式を終えて部屋の荷物も全部実家に送って本当にこっちに帰る、駅のホームだった。餞別に、とくれたいつもは買わない高いビールは電車の中で飲んだ。最低な恋人だった僕を、健人は見送りに来てくれた。そういうやつだった。 「すごく、大事だったけど……置いてきちゃった」  僕がそう言うと、誠二君が気遣わしげに眉を寄せた。昔から見てきた変わらない、僕を心配する顔。 「恋人?」 「……うん」 「そっか」 「あのさ」 「なあに」  誠二君が僕を見る。その顔は窓から差す夕焼けで赤く染まっていた。 「俺、今から誠二君のことすごい困らせること言うから」 「うん」 「先謝っとく。ごめん」  座ったまま頭を下げると、軽い笑い声が落ちてくる。 「今まで大河に困らされたことはなかったなあ」 「嘘だ。ちっさい頃からあんなに面倒見てもらってたじゃん」 「でもわがまま言って困ったなって記憶はないよ。ああ、でもあれにはちょっと困ったかな。昔見てたテレビドラマの主人公より俺の方がかっこいいって友達とケンカした時」 「……それは忘れてください」  そのできごとはもちろん僕もよく覚えている。そんなことばかり覚えられているから僕は、いつまでたっても誠二君の前では子供のままの気がする。 「忘れられるわけないよ。すごく好かれてるなあと嬉しかったから」  その反面、そんな些細な出来事も覚えているのかと嬉しくもあった。 「よく覚えてるねそんなこと」 「基本的に、大河たちとのことはよく覚えてるよ。母さんも含めて家族ぐるみの付き合いだったし。そうだね、取り分け大河のことはよく覚えてるかな。一緒にいた時間が多かったから。でもやっぱり困ったなあって記憶はないね」  誠二君が笑う。体なのか心なのかよくわからないところがぎゅうと絞られる。大切なことに変わりはないはずなのに、それはどうしても健人への想いとは違う。 「でも俺が告った時、困ったでしょ?」  誠二君は一瞬、目を見開いたあと小さく首を振った。
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