エピローグ

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エピローグ

 僕の人生は平凡だ。ごく普通の家庭に生まれ、学校に通い、就職した。それでも、平凡なりにいろいろなことがあった。けれどそれは当たり前で、この世界に住む多くの人が普通の生活を営んでいて各々の人生に起こる出来事はありふれたことなのかもしれないが、だからといって同じものは一つとしてない。72億人の72億通りの人生がある。  閑話休題。  春から僕と誠二君は恋人になった。とはいえ「弟」の期間が長すぎた僕を恋人として扱うことにはまだ違和感があるようで、少しずつ慣らしていっているところだ。  そもそも誠二君と僕の思いは全く同じわけではない。僕が純粋に恋愛対象として誠二君を好きなのに対して、誠二君にとって僕はまず「家族」なのだ。多分、それは一生変わらないのだと思う。だとしても、家族のありようは血のつながりだけではない。パートナーだって家族の形だ。初めは僕も同情で好きだと言ったのかと疑っていたけれど、キスをしたら赤い顔をしていたので(かわいかった)可能性は全くのゼロではないことに気を良くして、最近はやんわりと、けれど強気で押している。 「今日のご飯はなにかな、っと」  立ち漕ぎで坂を上る。ぐんとペダルに体重を乗せると、涼しくなってきたとはいえまだまだ残暑厳しい8月、じんわりと額に汗が滲んだ。この坂を登り切れば、誠二君のマンションがある。  最近は仕事の帰りに誠二君の部屋で一緒に晩ご飯を食べるのが日課になっていた。これも「弟」脱却の手段だけれど、元々誠二君の部屋にはちょくちょく遊びにいっていたから、そこは蟻の歩みだ。それでもやらないよりはマシだと、せっせと通っている。 「着い、たー」  自転車を駐輪場に置いてエントランスをくぐる。それさえ待つのが億劫で、3階までエレベーターを使わずに階段を上がって一番奥から二番目の部屋を目指す。途中ですれ違ったマンションの住人に挨拶をした。すっかり顔見知りだ。  ここまで来るのはとても長かった。誠二君と出会ってから20年。好きになってからもそれに近い年月が過ぎている。本当に長く、誠二君のことを思い続けてきた。純粋にただ一人をとは言わないけれど、形は変わらないままずっと。  それが、僕の物語の中心。  インターホンを押してドアが開くのを待つ。このわずかな時間が僕は好きだ。がちゃり、とドアが開く。 「おかえり、大河」  そして、僕の物語はまだずっと続いていく。
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