6歳

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「そういえば、どうしてケンカしたの?」  ぐりぐりと目をこすっていた僕は、半分うとうとしながら誠二くんの声を聞いていた。 「あのねぇ、たっくんがねぇ、トレインマンがいちばんかっこいいって言ったの」 「本当に人気だね」 「けど僕はね、誠二くんのほうがね、かっこいいからね、誠二くんのほうがかっこいいって言ったの。そしたらそんなわけないって言われて」 「それでケンカになっちゃったのかあ」  テレビでトレインマンを見ていた僕たちは、そんな些細なことで言い合いを始めてどっちも引かなくて、大ゲンカになってしまった。悪いことをしたなとか、謝らなきゃなとかは全然考えていなかったのだけれど明日からたっくんが遊んでくれなくなったらいやだなと僕は思っていた。 「たっくん、明日、遊んでくれるかな」 「うーん、どうかなあ」 「遊んでくれない?」 「けんかしちゃったんでしょ?」 「どうしよう」 「とりあえず謝ってみたら?」 「やだ!だって、たっくんが言ってたのは違うもん」 「そう言われるとなんとも言いにくいけどね」  僕は誠二くんに背負われていたから顔は見えなかったけれど、きっといつもの困ったような笑い顔なんだろうなと思った。 「でも大河も自分の言ったことを違うって言われていやな気持ちになったでしょう?」 「うん!」 「もしかしたらたっくんも、大河に違うって言われていやな気持ちになったかもしれないよ?」  僕は、父や母に言われてもとんと言うことを聞かないわんぱく小僧だったけれど、誠二くんの言うことにはとても素直だった。だからこの時も、言われたことは難しくてよくわからなかったけれど、誠二くんの言葉から僕の方が悪いようなニュアンスを感じて、少しだけしょんぼりした。この頃から、僕の中では誠二くんに悪く思われることはしないぞ、という思いが芽生え始めていたと思う。 「……どうしたらいいの?」 「謝ってみたらいいよ」 「わかった」 「大河はいい子だね」  そして僕は相変わらず誠二くんが大好きだったから、誠二くんに褒められるとすごく嬉しくなった。これは今も変わらないけれど。 「誠二くんは僕のこと好き?」 「もちろん。だーい好きだよ」  嬉しくて首に回した腕にぎゅうっと力を入れると、苦しいよ、と誠二くんは体を揺らした。それが楽しくてもっとぎゅうぎゅうした。今思えばこの頃が一番、一緒にいられた時期だった。  次の日、僕はたっくんの顔を見るとすぐに謝った。しかし子供というのはさほど拘りがなくて、たっくんはあっけらかんと「いいよ!」と言った。 「仲直りできて良かったね」  むしろ小夜先生の方が気にしていたようで、僕らの仲直りにホッとしたような顔をしていた。 「ちゃんと謝れるのはえらい子だよ」 「誠二くんに、言われたの」 「そっか、大河くんはお兄ちゃんのことが大好きなんだね」 「うん!」  隣で一人、車のおもちゃで遊んでいたたっくんが、突然顔を上げた。 「おとこなのにおとこを好きなんて変だよ。大河は変なの!」  僕は、はっとしてたっくんを見た。 「変じゃないもん」 「変だよー。おとことおとこは結婚できないもーん」 「そんなの関係ない!」 「おとこと結婚したらけいさつに捕まるよ!ハンザイシャだー。大河はハンザイシャー!」 「違うもん!」  ようやく仲直りしたところに新たな火種が起こって、小夜先生は再び頭を抱えることになった。  この頃の僕にとっての真実とは、父と母、それから幼稚園の先生、そして誠二くんだった。特に、僕の行動原理において強い影響力を持っていた誠二くんのことを否定されて、どうしようもなく腹立たしくて、そして悲しかった。なんとしてでも否定されるわけにはいかなかったのだ。 「捕まらないもん!結婚するもん!」  口にしてみるとそれは至極僕の気持ちにしっくりきて、そうか、僕は誠二くんと結婚するんだ、と思った。いや、思ったというよりは決意に近かった。 「変なの変なのー。おとこと結婚するとか変なの!ねえ先生、変だよな」 「変じゃないもん!」  ほとんど半泣きの僕とムキになるたっくんに詰め寄られて、小夜先生はほとほと困り顔だった。  とまれ。  思い込みも多分にあったとはいえ、僕は6歳にして誠二くんとの結婚を決意したのだった。
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